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僭越ながら:論

「広範な議論」は存在するのか?

2014年8月 5日 10:45

 特定秘密保護法、武器輸出解禁、集団的自衛権の行使容認に伴う解釈改憲――安倍晋三のゴリ押しがまかり通った結果、日本は「平和国家」の看板を掛け替えなければならない事態となった。政権による一連の動きは、「有事」を作り出すための体制作りとしか思えない。戦後70年もかけて積み上げてきた国の根幹が、いとも簡単に崩される現実。そこに「戦前」を感じ取っているのは、筆者だけではあるまい。それぞれの政策課題について、国民による広範な議論が国に忌避された点も、戦前と似ている。そこでふと思い当たった。もともと、この国には「広範な議論」を行う仕組みなどなかったのではないか……?

「議論」無視する安倍政権
 昨年12月の特定秘密保護法制定。国民が意見を申し述べる機会もなく、衆院国家安全保障特別委員会では、突然の質疑打ち切りで強行採決。政府与党が、数の力にまかせて強引に法案の成立を図った。国会軽視は主権者無視と同義だ。拙速に事を運んだことは、臨時国会後の会見で、首相自身が「もっともっと丁寧に時間をとって説明すべきだったと反省している。今後とも国民の懸念を払拭すべく丁寧に説明していきたい」と述べたことでも明らか。しかし、この反省が口だけだったことは、その後の政策決定の手法を見れば歴然だ。

 今年4月には、これまで我が国が守り通してきた武器輸出三原則の見直しを行い、新たに「防衛装備移転三原則」を閣議決定。武器輸出解禁へと舵を切った。原発に次いで、武器も輸出しようという「死の商人」路線だが、この件でも、政権に国民の意見をくみ上げようという姿勢はなかった。 

 集団的自衛権の行使容認と、それに伴う解釈憲法については、周知の通り。各種の世論調査で、行使容認に反対する意見が6割を超えていることは、政権の手法が間違っていたことを証明している。集団的自衛権の行使容認を決めたことについて、議論不足を指摘された首相は、「国会や法制懇(『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』)で議論した」と主張する。しかし、法制懇は安倍首相の友人を集めた私的な御用機関。はじめから集団的自衛権の行使容認を前提としており、ここでの話し合いは「議論」とは言えまい。国の根幹を揺るがす決定について、国会で審議されたのは閣議決定の後。通過儀礼的なものに過ぎなかった。すべては公明党との密室協議で決まっており、議会制民主主義も自民一強の前に機能を失った状態だ。

「広範な議論」とは?
 言うまでもなく、民主主義の大前提は「議論」。公平に情報が開示され、それを土台に多くの意見を戦わせ、しかるのちに多数決でものごとを決める。これが民主主義だ。戦後の国家体制を根本から変えようという話なら、国会だけでなく、主権者である国民を巻き込んだ議論が必要なはず。しかし、昨年来の安倍政権は、議論の輪が広がる前に重要な決定を下すという政権運営を続けており、これは民主主義の否定に他ならない。

 戦前の日本は、国民が国の行く末について議論することを、事実上禁じていた。お上が下した決断に従うのが、「臣民」の義務と定められていたからだ。だが、前後の日本国憲法は、国民が主権者であることを明記している。当然、議論することを許されているはずだが、特定秘密保護法から集団的自衛権に至る過程で、「広範な議論」が展開されたという感じはない。もちろん、議論の前提となる情報が、方針決定の直前までオープンになっていないという理由もある。しかし、よくよく考えてみると「広範な議論」という言葉自体に、実態がともなっていないのではないかという疑問が生じる。

 そもそも、「広範な議論」とは何を指すのか、どうやって形づくられるものなのか、尋ねられて即答できる人は少ないのではないか。筆者自身、戦前にはなかったが、戦後はあった――と、断言する自信はない。議論の自由はあっても、「広範な議論」の実態を掴めないからだ。

 重要な施策を進めるにあたっては、国会においては参考人が呼ばれ、さらに多数の意見を募るにはパブリックコメントという手法が存在する。しかし、いずれも形骸化しており、パブコメの多数意見が無視されることもしばしば。国は、国民の意見などはなから聞く意思がないとしか思えない。この国が曲がりなりにも民主主義国家足り得たのは、少ないながらも政治を任せることができる政治家がいたからだが、永田町を見渡してみると、いつのまにか程度の低い議員ばかりになっている。代議制が機能しない現状にあっては、なおさら「広範な議論」が必要のはずだが、述べてきた通り、それを行うための具体的な仕組みが見当たらない。

 どうやら、この国には「広範な議論」という言葉はあっても、実際にそれを具現化するシステムが出来上がっていなかったのではないか?これで民主主義と言えるのか?突き当たった疑問に、しばらくは答えが出せそうにない。



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