九州電力川内原子力発電所(鹿児島県薩摩川内市)の避難計画に関する県と地元自治体による住民説明会で配布された資料に、原発災害時のイロハを無視した記述があることが判明した。
問題の資料は鹿児島県が作成し、住民説明会で配布している「鹿児島県地域防災計画(原子力災害対策編)の概要」。県はその中で、原子力災害時の最重要拠点施設「オフサイトセンター」の扱いを、根本的に間違っていた。
大失態と言っても過言ではなく、避難計画の是非を論じる入り口で、すべての作業を止めるべきだ。(写真は川内原発)
原発避難の最重要拠点「オフサイトセンター」
オフサイトセンターとは、原子力災害時に、国、地方自治体などの関係者が参集し、緊急時の情報を共有しながら住民避難などへの適切な対応を導くための拠点となる施設。「原子力災害対策特別措置法」(原災法)が、原発の存在する都道府県内に「緊急事態応急対策拠点施設」を設置することを定めており、この拠点施設を「オフサイトセンター」と呼ぶ。それだけに指定要件も厳しく、原子力災害対策特別措置法施行規則では、次の12項目をクリアするよう求めている。
1、当該原子力事業所との距離が、20キロメートル未満であって、当該原子力事業所において行われる原子炉の運転等の特性を勘案したものであること。
2、原子力災害合同対策協議会の構成員その他の関係者が参集するために必要な道路、ヘリポートその他の交通手段が確保できること。
3、テレビ会議システム、電話、ファクシミリ装置その他の通信設備を備えていること。
4、法第11条第1項の規定により設置された放射線測定設備その他の放射線測定設備、気象及び原子力事業所内の状況に関する情報を収集する設備を備えていること。
5、原子力災害合同対策協議会を設置する場所を含め床面積の合計が800㎡以上であること。
6、当該原子力事業所を担当する原子力防災専門官の事務室を備えていること。
7、当該原子力事業所との距離その他の事情を勘案して原子力災害合同対策協議会の構成員その他の関係者の施設内における被ばく放射線量を低減するため、コンクリート壁の設置、換気設備の設置その他の必要な措置が講じられていること。
8、人体又は作業衣、履物等人体に着用している物の表面の放射性物質による汚染の除去に必要な設備を備えていること。
9、報道の用に供するために必要な広さの区画を敷地内又はその近傍に有していること。
10、当該緊急事態応急対策拠点施設及び設備の維持及び管理に関する責任の範囲が適正かつ明確であること。
11、規定により提出された資料を保管する設備を有していること。
12、当該緊急事態応急対策拠点施設が使用できない場合にこれを代替することができる施設(第2号の要件を満たし、かつ、必要な通信設備を備えた十分な広さを有するものに限る。)が当該緊急事態応急対策拠点施設からの移動が可能な場所に存在すること。
以上の要件を満たすために特別に整備されたオフサイトセンターが、原発事故時に最も重要な存在となる理由が二つある。
まず、原発施設に対する安全規制と防災対策を的確かつ迅速に行うため配置される「原子力保安検査官」と「原子力防災専門官」が、ここにしかいないこと。専門家が常駐しているのはオフサイトセンターだけなのだ。
そして、最大の理由として挙げられるのは、住民避難の方向を決定するためのデータを提供する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「SPEEDI」の端末が、ここにあること。県庁内にも端末はあるが、法令が定めた拠点施設はあくまでもオフサイトセンター。住民避難の的確な指示は、専門家が集まることになっているオフサイトセンターでしか出せないはずなのだ。事実、福島第一の事故では、県庁内の端末で受けた「SPEEDI」の情報が膨大過ぎたため、分析することさえできなかったという。オフサイトセンターが機能しなければ、住民避難計画など机上の空論。どこに逃げればいいのかさえ分からぬまま、放射能被害が拡大することになる。が、鹿児島県は、オフサイトセンターについての認識が欠如していた。
オフサイトセンターが「退避」???
下は、県が作成した「鹿児島県地域防災計画(原子力災害対策編)の概要」。その5ページ目の一節だ。
『オフサイトセンター、市町村、県の出先機関はあらかじめ設定した機能移転先に退避し、必要な業務について、継続して実施』と書かれている。しかし、前述したようにオフサイトセンターに『退避』などということはあり得ない。あってはならないことなのだ。ここがもぬけの殻になれば、的確な住民避難の指示はできない。代替施設にその機能を移したとしても、その間、指示が遅れる事態となることは自明の理だ。
よく考えてみれば分かることだが、、オフサイトセンターが「退避」する状況なら、周辺市街地は壊滅状態ということだろう。避難も何もあったものではない。鹿児島県は、オフサイトセンターの位置付けも分からぬまま、住民避難の計画を立てていたのである。内容がどうあれ、入り口で間違いを犯しているのだから評価のしようがない。県内各地で開かれている説明会は、無意味だと言ってもよかろう。
ちなみに、福島第一原発と福島第二原発の事故に対処する目的で設置されていたのが、福島県大熊町の「福島県原子力災害対策センター」。しかし、同センターが緊急事態に機能することはなかった。東日本大震災発生と同時に停電が発生、さらに軽油を用いた非常用電源も故障し、何の役にも立たなかったのである。このため、同月16日に福島県庁内にオフサイトセンターを移したものの、5日間は住民避難の拠点が機能せず、被害を拡大させる結果となった。
鹿児島県原子力防災センター
川内原発の事故に対応するオフサイトセンターは、薩摩川内市内にある「鹿児島県原子力防災センター」(下の写真)である。ここからの「退避」を余儀なくさせる事態とは、即ち原発事故が福島第一を上回る規模で、センター自体が壊滅的被害を受けた場合だけ。それ以外のいかなる状況にあっても、ここの人間が逃げ出すことは許されない。前述したとおり、県庁内にはオフサイトセンターに詰めている国の原子力防災専門官などはおらず、県独自で原発事故における10条通報や15条通報に即応できる可能性は皆無に近い。
代替施設の整備もなし
各地のオフサイトセンターには代替施設の指定が義務付けられており、鹿児島県の場合は、日置市にある「鹿児島県消防学校」がこれにあたる。県原子力安全対策課に確認したところ、消防学校には「SPEEDI」の端末が未設置で、整備も国と協議してからのことだという。無責任極まりない話だ。
滑稽なのは、薩摩川内のオフサイトセンターから日置市の消防学校までの距離が、13キロ(県側説明)であるということ。当然川内原発から30キロ圏内に入っており、この地域も避難対象。放射性物質が降り注ぐ中、混乱する県内を、どうやって代替施設がある日置市まで移動するというのだろう。ヘリを利用する手もあるが、緊急時に飛ばすことができるかどうかも分からないのだ。格好だけはつけているが、鹿児島県の避難計画はザル状態。これで“再稼働”はできない相談だ。伊藤祐一郎知事は、要援護者の避難計画を作らないと明言しているが、「作らない」のではなく、「作れない」というのが実態。オフサイトセンターの退避などという、非常識な計画を認めていることが、何よりの証明である。
避難計画論じるナンセンス
そもそも大規模な避難計画を必要とする発電施設が原発以外にあるのか――?火力発電所や水力発電所を動かすのに、避難計画など必要ないはずだ。太陽光や風力でも同じ。放射性物質を広範囲にまき散らかし、大勢の人の命を奪う危険性があるからこそ、原発には避難計画が必要になる。国民の生命・財産を奪う可能性があると分かっている危険なシロモノを、なぜ無理やり動かす必要があるのだろう。広域で避難計画の必要があると判断された時点で、原発は廃止すべき存在なのである。ましてや日本は地震大国。原発そのものがどんなに頑丈に造られても、地盤が崩壊すれば元も子もあるまい。原発設計の前提となる地震の揺れ(基準値振動)を、いくら大きく見積もっても、フクシマの「想定外」は、それが無駄であることを証明している。いかなる「神話」も成り立たないということを、いい加減理解すべきだろう。再稼働を前提とした避難計画の在り方を論じること自体、ナンセンスなのである。オフサイトセンターの「退避」を想定するような自治体が、原発再稼働の判断を下すことなどできるとは思えない。
むなしい30キロ圏議論
もうひとつ付け加えておきたい。5月21日、住民らが関西電力大飯原子力発電所3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを求めた裁判で、福井地裁が「大飯原発の安全技術と設備は脆弱なものと認めざるを得ない」として、訴えを認める判決を下した。判決は「原発から250キロ圏内に住む住民らは、(原発再稼働の)差し止めを求めることができる」としており、原発から半径250キロ圏内にある地域が、放射能被害を受ける可能性があることを認めた形だ。これを画像にするとこうなる。
30キロ圏内がどうのと言っている状況ではあるまい。オフサイトセンターが退避しようとしまいと、いったん原発が事故を起こせば、住民は放射性物質を浴びるということだ。“避難計画自体がナンセンス”――HUNTERはそう言い続ける。