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韓国を「三流国家」と言えるのか

2014年5月 8日 09:30

 珍島沖で起きた旅客船沈没事故で、300人を超える死者・行方不明者を出した韓国。事故の収拾がつかないうちに、今度は地下鉄で追突事故が発生、乗客ら240人以上がけがをし、同国の危機管理能力が疑問視される事態となった。
 韓国は一衣帯水の国。日本国内の事故への関心は高く、連日、テレビや新聞で事故発生からその後の経過までが大きく取り上げられている。
 そこで気になるのは、隣国を「三流国家」と蔑み、「日本ではありえない事故」だとする主張。果たして日本は、韓国を批難することができるのか――?

旅客船沈没事故
 韓国で起きた海・陸での事故が、同国における交通システムの未成熟さを露呈したのは事実だろう。多くの高校生が犠牲になった旅客船「セウォル号」の沈没事故では、もともとの定員を増やした上に、過積載状態での運航が常態化していたことが判明。安全より金儲けを優先した結果に、韓国国内でも批判が上がっている。

 朴槿恵政権の対応もまずかった。初動の遅れ、公式発表の間違い、進まぬ救難活動と次々に危機管理能力が疑われる出来事が続き、韓国国内での政権批判が沸騰。朴大統領が閣議や国内の行事で政府の事故対応について謝罪したものの、支持率の急落に歯止めがかからない状況となっている。

 物理的な事故原因は、韓国側の調査結果を待つしかないが、事故前から事故に至る過程ではセウォル号の運航会社が、そして事故発生後の対応については政権が、犠牲者を増やす原因を作ったと言えそうだ。

過熱する報道
 そうしたなか、日本国内の報道は、“待ってました”とばかり韓国を見下す方向へと向かう。事故から4日後、韓国の中央日報が社説で自国を「三流国家」と揶揄したことを受け、週刊誌などがこの言葉を多用。隣国を卑下する姿勢を鮮明にしている。

 “情けない”というしかない。韓国の国内メディアが現状を憂えて使うならまだしも、他国のメディアが便乗する筋合いではあるまい。セウォル号の事故を、他山の石とする報道は皆無に近く、どこまでも上から目線の傲慢ぶりだ。報道に求められるのは、旅客船沈没事故の問題点を洗い出し、国内に警鐘を鳴らすことのはずだが、そうした記事は数えるほど。あら探しばかりが過熱する状況だ。

「日本ではあり得ない」は間違いだ
 一番気に入らないのは、コメントを出す識者らが「日本では考えられない」、「あり得ない」などと断言すること。そもそも、この前提が間違っている。

 今月6日午前、小樽市の沖で小樽観光振興公社が運航する観光船「あおばと」が座礁した。同船は沈没を免れ小樽港に戻ったが、乗客11人が座礁時の衝撃でけがを負ったという。乗船していたのは乗員・乗客ら48人。一歩間違えば、こちらも惨事になっていた可能性がある。しかし、何故かこの事故についてはあまり大きく報じられていない。セウォル号の事故と比較する報道にも、お目にかかっていない。が、船舶事故が日本国内で起きたのは事実だ。

 列車の事故は、毎年のようにどこかで起きている。近年でもっとも大きかったものといえば、2005年4月の「JR福知山線脱線事故」。兵庫県尼崎市のJR塚口―尼崎間のカーブで、上り列車が脱線し先頭車両がマンションに衝突。後続車両も転覆し、運転士と乗客合わせて107名が死亡、562名がけがを負うという大惨事になった。直接の原因は列車の速度超過だったが、JRの運行管理に問題があったことは言うまでもない。列車や船舶の事故が、「日本ではあり得ない」と断定的に言い放つことなどできないのである。

他国を笑う資格はない
 他国で起きた事故が、多くの邦人犠牲者を生んだ例がある。2001年、ハワイ・オアフ島沖で、愛媛県立宇和島水産高等学校の練習船「えひめ丸」が、浮上してきたアメリカ海軍の原子力潜水艦「グリーンビル」に衝突され沈没。同校の教員5人と生徒4人が命を奪われた。

 1988年3月には、中国・上海に修学旅行中だった私立高知学芸高校の一行が乗った列車が衝突事故に巻き込まれ、教員1人、生徒27人が犠牲となっている。

 二つの事故は、それぞれアメリカ、中国という「国」が加害者だったが、日本のメディアが両国を「三流国家」だと罵った報道はなかったと記憶している。なぜ韓国だけを卑下するのか分からないが、対象がどこの国であっても、日本が他国を「三流」呼ばわりする資格などあるまい。船舶事故や列車事故なら、前述した通り日本でも起きている。それにも増して、原発の事故を起こし、いまだに収束の目途さえ立てられないでいるのは、どこの国だったか……。

福島第一の現実
 1979年、アメリカのスリーマイル島で原子力発電所の事故。1986年には、ソビエト(当時ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所で事故が起きた。二つの事故について、日本国内の原発関係者は、「日本ではあり得ない事故」だと決めつけ、その後も国内原発の優秀さを語る材料にしてきた。しかし、「日本の原発は安全」とする主張が、たちの悪い方の「神話」だったことは、福島第一原発の現状が証明済みのはずだ。「日本ではあり得ない」はずの原発事故が、現在も被災地を苦しめている。

 “原発と船舶事故はわけが違う”などという言い訳は通用すまい。セウォル号の運航会社も、原発を推進する日本の財界も、経済至上主義=金儲け優先で人の命を二の次にしていることに変わりはない。いったん事故を起こせば周辺諸国にまで被害をもたらす原発を、他国に売りつけて回る方がより悪質とみるのが普通だろう。

 かつて、“日本の経済は一流だが政治は二流”と言われた時代があった。戦争好きの極右首相を一人勝ちさせる政治は、もはや三流以下。原発に頼らなければやっていけないという日本経済も、たかが知れた存在なのである。「日本ではあり得ない」を前提に、隣国の不幸を笑うことなど、この国にはできまい。


*お詫びと訂正
 記事中にある「JR福知山線脱線事故」の日付を、間違って2012年9月と記述しておりました。正しくは「2005年4月」です。お詫びして訂正致します。
               

5月9日16:10



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