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韓日親善協会中央会 金守漢会長インタビュー(上)
― 靖国参拝と安倍政権 ―

2014年2月20日 07:00

 かつてないほど悪化した日韓関係に、米国が懸念を示す事態となっている。原因は安倍晋三首相の靖国参拝、さらには従軍慰安婦問題を韓国側の一方的な主張として片付けようとする昨今の日本国内の風潮にある。NHK会長の公共放送トップとは思えぬ暴言の数々も、「右へ倣え」の現状を受けた、いわば“調子に乗った”末の失態だ。
 それでは、韓国側は現在の日本の有様をどう見ているのか、そして今後の課題は――。
 今月初旬、親日家で知られる韓日親善協会中央会の金守漢(キム・スハン)会長が来日。福岡市内でHUNTERの単独インタビューに応じた。
 金会長は、第15代国会議長。1999年には日本から勲一等旭日大授章を受けており、朴槿恵大統領の与党であるセヌリ党顧問団の議長も務めている。
(写真はインタビューに答える金会長)

「靖国参拝」と安倍政権の自己矛盾

 ―― 昨年暮れ、安倍晋三首相が靖国神社に参拝しました。そもそも「靖国参拝」について、韓国ではどう捉えられていますか。

 金 国のために命を落とされた方々に対する尊崇の念から、神社に参拝する。私は、それ自体は当然良いことだと思います。しかし、「靖国」という存在に対して韓国では、「神武建国以来、国のために命を捧げた多くの日本人たちが祀られているような場所ではない」という認識です。

 たとえば、韓国の「国立墓地」、アメリカの「アーリントン墓地」のようなものは、どの国にもそれぞれ共通して造られています。国家の元首が海外に訪れるときは、最初にその国の墓地に追慕の花をたむけるというのが慣例の1つですが、日本の場合、そうはいかなくなってしまったということです。

 第二次世界大戦後、連合国による軍事裁判によって戦争の不当性が国際的に決めつけられている。「靖国参拝」は、そう言っているのと同じです。戦争の主犯者たちが、連合国の裁きによって死刑宣告され、処断された。その人たちを英雄視して「靖国」に祀るというのは、純粋に国家のために殉じた英霊たちに対する侮辱ではなかろうかと思われます。選別すべきではないでしょうか。

 戦時裁判が誤ったものだということになるならば、世界大戦において「日本は正義」であり、「対戦国はすべて反人類的で不法行為をした」ということになります。矛盾が生じるわけです。そのため、サンフランシスコ平和条約を否定するような、その正当性に対して異議を唱える結果となる。「そうではない」と安倍首相は主張しているわけですが、はっきりそこのケジメをつけるべきです。東条英機氏などの戦犯を合祀せず英霊だけを立てるか、戦犯を分祀するか、2つに1つしかないでしょう。

 腹立たしいことに、韓国に対しても過去の侵略や植民地統治などを正当化する、そういう民族感情を逆なでするようなことを公然と行っているわけです。ここで言いたいのは、安倍首相には、二重プレイをするなということ。言いたいことがあれば、そのまま筋を通しなさいと。つまり、戦時裁判が誤ったものだというならば、サンフランシスコ平和条約も当然無効だという主張を出すべきなのです。

 しかし、そうではないでしょう。「強きをくじき、弱きを助ける」のが正義というものの定義でしょうが、今の状況では「強きにひざまずき、弱気をいじめる」ような卑怯なことを言っており、これは自己矛盾だと思うのです。

 ―― じつは私も、戦争で戦った人が「靖国」にすべて集まっているという考え方には不同意です。戊辰戦争以後の、しかも強者の理屈で選んだ人だけを祀っているという点で、疑問があるからです。

 金 我々でも外国に公的立場で行けば、必ず国立墓地に参拝します。それこそ尊崇の念で拝み、哀悼するのですが、「靖国」ではそこの部分でまったく論理が成り立ちません。安倍首相も卑怯じゃないですか。昔から今まで、自分の信念として「靖国参拝」してきたのなら話は別ですが、政治的にやっているだけではないですか。私から見れば、1つの政治の手法としてそれを操り、利用している感じがあり、信条にも矛盾があるのです。

日本国民の絶対多数が願うのは「平和」

金会長その2.jpg ―― ところで、韓国は国のために亡くなられた方々に対して、どのような施設があるのでしょうか。

 金 韓国には国立墓地が設けられており、国のために殉じられた人々に対する霊魂を、最高の愛国者ないしは殉国者として尊崇しています。そして、それを追慕するわけです。

 さかのぼれば国民教育改革から始まりまして、幼いときからみんなそれを教え込まれています。ですから、逆賊的なものを不当に英雄へ仕立て上げるということは絶対にありません。

 ―― その施設には宗教性はないのですか。

 金 韓国では、建国し最初の立憲国家として出発した日を「政権日」として定めています。憲法を制定して最初に行った国造りの日のことで、「国慶節」とも言います。第1回目の国会開催を1948年5月に行ったとき、最初の国会召集ですから、総意によって臨時議長を選出しました。その臨時議長が司会をして、正式に議題が調定され可決されたのが、いわゆる韓国の憲法です。

 注目すべきことは、憲法の前文でも言われているように、韓国がキリスト教国家とされている事実です。国民の4分の1はクリスチャンで、神によって建てられた国であることに対する誇りがあります。国会のときにも280人の国会議員がいて、その選挙は国連の監視のもとで行なわれましたが、3分の2が当時は儒教・仏教系でクリスチャンはごくわずかでした。

 李承晩大統領が臨時国会の開催を宣言し、最初に発言した内容がそのまま残っています。李允栄(イ・ユンヨン)という牧師出身の国会議員がいました。彼を名指しして、李大統領は「まず我々が本会議に臨む前に神様に感謝のお祈りを捧げましょう」という提起をした。あの瞬間は、国会の構図からすればクリスチャンはごくわずかだったにも関わらず、誰一人異議を唱える者がいなかった。みんな粛然と立ち、頭を垂れて李允栄牧師の祈祷に従ったわけです。

 その祈祷文が今も残っています。私が国会議長のとき、クリスチャン祈祷会を国会内に作り、その礼拝の内容を印刷したものがあります。祈祷は今も続いており、憲法前文にその祈祷文が載せられています。現在も朝鮮半島は分断国家になっていますが、「この分断国家を一日も早く統一してください。そして平和な国を作ってください。それは神のみがなしうる力であり、権限であります」というものです。南北統一に対する哀願や国民に対する激励などが、みんなそこに載せられているのです。

 諸外国では今、国民が安倍首相を相当評価しているかのように報じられる一方、日本国民が相当右傾化し軍国主義化しているととらえる向きもあります。しかし、私からみれば、日本の国民の絶対多数が願っているのは「平和」です。再び悲惨な戦争が繰り返され、無辜な多くの人が鉄砲の弾によって、原爆によって犠牲にされることを願う国民は1人もいないでしょう。

 日本は、なぜ戦後の復興を成し遂げ世界の経済大国として発展しえたか。技術革新などもあるでしょう。ですが、誰が何と言おうと、戦後の混乱期において国際秩序のなかでひたすら平和を追求し、それを発展させてきたからだと私は思います。それが乱れて、戦争を仕掛けるとか、誰かに対して挑発するということになれば、あなたの息子が、孫が、あるいはあなた自身が戦場に立ってしまうことになりかねませんよ。日本の現状に対して、我々はそう反論せざるを得ないのです。

 ただ私は、日本国民は言葉には出していないだけで、いざとなれば、みんなが平和を追求するところに集結できると考えています。日本の繁栄がどこからきたのか。もちろん、二宮尊徳的な勤勉さなどもあるでしょう。しかし、何といってもその根底に平和を祈願する国民の、炎のように燃える情緒があるからだと思っています。

 しかし、一時的に、であるにせよ、みんなが安倍首相支持に傾き、それで戦争をしたらどうなるのか。多くの人がそこを懸念しています。でも、私は心配していません。とくに戦争で原子爆弾に最初の犠牲を強いられた日本人なら、世界人民の誰よりも平和を願っていると私は信じています。

▶ 韓日親善協会中央会 金守漢会長インタビュー (下)

【聞き手:中願寺 純隆 文・構成:嵯峨 照雄】



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