佐賀県が、「先進的ICT利活用教育推進事業」の一環として実施するパソコンを利活用した授業を行うため、新年度に入学する全県立高校の新入生全員にパソコン購入を“義務付けた”。
昨年12月の佐賀県議会。県教育長が「購入しない生徒は校長判断で入学を保留することもあり得る」との見解を示したことで、パソコン購入に疑問を抱く多くの保護者らから、HUNTERへの問い合わせや反対意見が次々に送られてくるようになった。「貧乏人には進学の機会を与えないということなのでしょうか」―母子家庭だという母親の、こうした切ない声も聞いた。
県教育委員会は、「教育の質の向上と児童生徒の学力向上につながる有効な手段」だとしているが、HUNTERの取材や県教委への情報公開請求によって、この主張に“裏づけ”がないことが明らかとなった。さらに、パソコン購入義務化決定までの過程が不透明であることや、機種選定をめぐる疑惑があることも判明している。複数回にわたり検証記事を配信していくが、シリーズのはじめに最大の問題点について論じておきたい。
購入しない生徒は入学を「保留」
佐賀県側からは「パソコン購入は義務ではない」という声が上がりそうだが、同県の「平成26年度佐賀県立高等学校入学者選抜実施要項」には、『学習者端末の購入について』として、次のように明記されている。
≪平成26年度からは、全県立高校で学習者用端末(情報端末にデジタル教材をインストールしたもの)を利活用した学習活動を導入するため、合格者は、各高等学校へ入学するに当たり、県教育委員会が指定した学習者用端末を購入する必要がある。詳細については、別途通知する≫(下が「要項」。赤い囲みはHUNTER編集部)
≪入学するに当たり、県教育委員会が指定した学習者用端末を購入する必要がある≫との記述は、どう見てもパソコン購入を『義務』として定めたものだ。買わなければ入学させないといっているに等しい。12月の県議会における県教育長の答弁は、それを証明するものだった。
「校長の権限で入学を保留することがないともいえません。ただ、教育委員会といたしましては、必要な資金を確実に準備し、そうした事態に至らないよう、保護者にはしっかりと説明し、理解と納得を得られるよう務めることが重要だと考えております」。(写真が問題のパソコン)
パソコン購入費用は教材ソフト込みで8万4,000円。うち3万4,000円を補助金(つまり税金)で賄い、残り5万円が保護者負担だ。佐賀県の教育長は、パソコンを購入しなければ、校長権限で入学を保留にする。そうならないように、資金を貸すから納得しろと言っているのである。借りた金は返さねばならないから、いずれにしろ5万円は保護者の負担なのである。佐賀県の教育長は、民間、とりわけ母子家庭などにおける5万円の負担増が、どれだけ生活に重くのしかかるのか分かっていない。
HUNTERに苦しい胸の内を語ってくれた佐賀県内のある母親は、「貧乏人には進学の機会さえ与えないというのでしょうか」と訴える。進学はさせたい。暮らしを切り詰め進学費用を貯えてきたが、さらに5万円と言われ、本当に困っているという。内申書に影響するかと思えば、苦情を申し立てることさえはばかられるとも言う。こうしたケースがあることを、佐賀県は軽く見ているふしがある。これは絶対に容認できない。
全国紙記者の一文
佐賀県の方針について知ったある全国紙記者が、一文を寄せてくれた。解説記事に代えて、紹介しておきたい。
【佐賀県が県立高校の新入生にタブレット端末を持たせるため、一人あたり5万円の負担を求めることで、高校進学を諦めてしまう15歳が出てしまうのではないかと危惧する。
関東の定時制高校を取材したことがある。定時制高校は戦後、働きながら学ぶ機会を保障してきた。最近は、不登校経験者や高校中退者など、従来の「勤労学生」とは違う子どもたちも多い。こうした子どもたちの受け皿、居場所となっていることも大切な一面だが、このことが強調されすぎた結果、今もなお、貧しさから全日制に通うことをあきらめている子どもたちの存在が見えにくくなっている。
話を聴かせてくれた子どもたちはけなげだった。母子家庭に育ち、妹がいるという女子生徒は、「これ以上、母親に負担をかけられない」と中学を出てすぐ働くつもりだったという。母親には「勉強が嫌いだから」と説明していた。だが、中学の担任に「高校は出ておいた方がいい。中卒ではなかなか働き口も見つからない。奨学金もある」と説得されて進学を決めた。県の奨学金など支援制度を詳しく説明してもらって、「これなら中卒で働くより迷惑をかけずに済む」と自分で納得できたから、定時制への進学を決めた。
進学したい、させたいという気持ちはあっても、「どうせ無理だ」「お金がかかる」という思い込みで、諦めてしまう子や親もおそらくいるだろう。恥ずかしさや遠慮から、支援に関する情報から遠ざかってしまう親もいるだろう。
5万円の重さは、人によって違う。不安定な雇用、一人親、兄弟の数、健康上の不安など、負担を重く感じさせる要因はいくつもある。佐賀県は、この重さを軽くする努力をどれだけしているのだろうか。
子どもは家庭を選べない。親がいくら努力しても厳しい状況を好転させられないことだってある。どんな境遇に生まれても、学びたいと願う子どもたち、学ばせたいと願う親たちの期待に最低限応えるのが、戦後日本の最低限のルールだったと思う。この最低限のルールがあるからこそ、競争の結果、ある程度の格差が生まれても、それはがんばった者とがんばらなかった者の差だと納得もできる。スタートラインが同じ、というのが大前提だ。これは、公立高校が死守すべき一線だ。スタートラインに立たせもしないで、結果だけ受け入れろと言うのは理不尽だ。
「自分は偶然、恵まれた環境に生まれたが、もしかしたらあの子と同じつらい状況になっていたかもしれない」。「あの子は私かもしれない」。そういう共感の気持ちこそが、社会を成り立たせている。万が一、「貧乏人に共感なんてできない」という人がいても、学ぶ機会を保障するのが公の仕事だろう。】
事業の不透明さ明らかに
HUNTERは昨年12月、佐賀県教育委員会に対し、パソコン購入問題についての関連文書を情報公開請求した。しかし、開示された内容は不十分。必要な文書が揃っていないなど問題ばかりだったため、今月になって再度開示を要求。7日までにおおかたの文書が示されたが、見えてきたのは極めて不透明な事業の実態だった。疑惑と言っても過言ではなかろう。
次稿から、事業の経緯、機種選定の問題点について、詳しく報じていく。