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「辺野古」が問いかけるもの
注目の名護市長選 現地取材(下)

2014年1月17日 09:35

 名護市長選の取材中、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移設予定地である辺野古の海岸を訪ねた。フェンスの向こう側は治外法権、米軍のキャンプ・シュワブである。選挙の争点は、まさにこの場所の先に広がる海を埋め立てることを、市民が良しとするか否かに尽きる。
 世界一危険といわれる普天間飛行場の移設は、たしかに喫緊の課題だろう。橋本(龍太郎)政権時代に普天間返還が決められたとはいえ、移設先が同じ沖縄県内であったことは、悲劇としか言いようがない。基地を沖縄に押し付ける構図は、何も変わっていないのである。
 私たちは、沖縄の現実に、正面から向き合ってきたのだろうか。

移設推進・地域振興の欺瞞
 “すでにキャンプ・シュワブという「基地」があるところに飛行場を造るのだから、基地の数が増えるわけではない”という主張が存在する。だが、これは屁理屈に過ぎない。辺野古の周辺はジュゴンの生息域、そして美しい珊瑚礁の海だ。ここに飛行場を作らなければならない論理的な理由があるとは思えない。多くの県民が反対するのは当然だろう。

 一方で、那覇市周辺ばかりが開発され、県内格差が生じているという現状がある。だから振興策が必要で、そのためにはカネがいるというのが基地移設推進派の主張の根幹だ。しかし、地域振興が、軍用機が飛び交う状況や墜落事故のリスクを受け入れるのと引き換えである以上、沖縄の負担が減ることはない。

 ことは名護市だけの問題ではあるまい。国家として、辺野古の豊かな自然を守ろうという気概を持ち合わせていないことにおいて、この国の政治や行政は貧困なのである。安倍首相は「美しい国」を作るのだという。世界に誇れる自然を破壊して、軍事基地を造るということが「美しい国」の正体だとすれば、安倍さんはずいぶん歪んだ美意識の持ち主なのだろう。

エメラルドグリーンと水陸両用車
 辺野古の海岸では、そこが軍事基地であることを思い知らされた。フェンスの先、数百メートルの砂浜に黒々とした車体。よく見ると、2両の水陸両用車。数秒後、一両が轟音ととも海に入り、エメラルドグリーンの海中で動き回り始めた。本土では、まずお目にかかる機会のない光景だった。これが沖縄なのである。頭に浮かんだのは、太平洋戦争末期、沖縄の沿岸を埋め尽くしたといわれる米軍の艦艇、そして海兵隊の上陸用舟艇だった。

海兵隊の上陸用舟艇 (1) 海兵隊の上陸用舟艇 (2)

沖縄戦と戦後
 昭和20年(1945年)3月、米軍が沖縄に上陸。6月までの約3か月間、県民を巻き込んでの壮絶な戦闘が展開された。沖縄戦である。この時、県民の4人に1人が犠牲になったといわれており、沖縄根拠地隊司令官だった大田実少将は、玉砕直前に海軍次官あてにこう打電したことが知られている。

《沖縄県民斯(か)く戦へり 県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを》

 沖縄戦について、あるいは基地の70%以上が沖縄に集中する現実について、この国はあまりに無頓着であり続けてきた。戦後、沖縄への予算面での手当てはなされたものの、本当の意味での《特別の御高配》など、ついぞ実現していない。だからこそ、県内での移設なのである。戦中には時間稼ぎの捨て石にされ、戦後は米軍基地を押し付けられた沖縄。一人当たり県民所得が全国最低という状態も長く続いており、県民の心情は察するに余りある。

 日米安保条約の第6条は、日本国内に米軍基地を造ることを認めている。どこにでも造れるということだ。それでも沖縄に米軍基地が集中しているのは、極東、とりわけ中国の動きを睨んでのこと。対中国という観点からみれば、米国にとっての日本は中曽根元首相が言った「不沈空母」で、沖縄は最前線に位置する小型空母といったところだろう。だからといって、沖縄に基地を押し付けたままにすることが許されるとは思えない。

原発と沖縄
 仲井真弘多沖縄県知事が、政府が出した辺野古沿岸部の埋め立て申請を「承認」したのは、政府が来年度予算案で概算要求を上回る3,460億円の予算を計上したことに加え、2021年度まで3,000億円以上の振興費が毎年度ごとに確保される見通しとなったことを受けてのことだ。「驚くべき立派な内容」―知事が発したこの一言で、沖縄がカネと引き換えに基地移設を認めた形となってしまった。普天間の県外移設を公約にして当選した知事が、沖縄の良心を売ったと言われてもおかしくない格好である。埋め立て承認で、地元振興を唱える移設推進派が勢いづいたのは言うまでもないが、県民の反発は予想以上、名護市長選が現職優位に推移しているのには、こうした背景がある。

 カネと迷惑施設の相関性といえば、沖縄とよく似た状況がこの国の各地で繰り広げられてきた。原発立地自治体でのばら撒き=電源3法交付金の制度によって、立地自治体に巨額の原発マネーを投じ、住民を黙らせる手口だ。こうして原発を造り続けてきた。

 その結果、どうなかったか。原発が止まれば、地域経済が停滞する。福島第一原発の事故原因も特定されていないなか、周辺自治体にはお構いなしに、立地自治体のみが「原発再稼働」を国に懇願するという無責任な状況となっている。原発は、まともな地域振興策とは言えない。麻薬にひたってしまえば、後の祭りなのである。

 沖縄の地域振興策も同じものと言えるだろう。巨額の税金を投じてどれだけ公共事業を増やしても、土地の人口は一向に増えない。そんなことは、日本全国の過疎地がとうに証明している。沖縄観光の切り札は豊かな自然、とくに「海」のはずだ。最大の観光資源をつぶして、地域振興につながるわけがない。いったん海を埋め立てたら、基地が去っても自然は死んだままとなる。本当にそれでいいのか―名護市長選が問いかける課題は重い。

<沖縄取材班>
 



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