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蘇る治安維持法とその時代 

2013年12月11日 08:15

大正14年の朝日新聞夕刊 特定秘密保護法案が、国会で可決・成立した。13日に公布され、1年以内に施行される。無理が通って道理が引っ込んだ結果、特定秘密を漏らした役人だけでなく、その内容を探ろうとした民間人まで処罰されることになった。国民には、何が秘密なのか分からないというのだから、あちこちに地雷を敷設されたようなもの。誰もが犯罪者になりうる社会の到来だ。かつてこの国では、同じような法律が制定され、国家が国民をがんじがらめに縛りつけた時代があった。

 政府が秘密を指定し、それが正しいかどうかのチェックも政府が行うという。これほど権力側に都合のいい話はあるまい。どんなに否定しても、恣意的運用が横行することは目に見えている。法案審議の最後になって、「保全監視委員会」だの「情報保全監察室」だのといった訳の分からないチェック組織の名前がいくつも出てきたが、しょせんは付け焼刃。国民の目を欺くための思いつきにすぎない。嘘や隠蔽が、あたかも官僚の特権のごとく語られてきたこの国で、今度は法律がその間違った権利を保証するのである。

 「参院の審議を通じて(法案への懸念)払拭に努めていきたい」。「丁寧に議論し、どこかの段階で終局に至る判断をしないといけない」。いずれも安倍晋三首相の国会答弁だ。参院での審議時間が衆院の半分程度に終わったことを見ても、この発言が真っ赤な嘘だったことは明白。さらに、委員会採決の前提となる地方公聴会の開催を委員長の職権で強行し、採決になだれ込むなど、自民、公明はやりたい放題の国会運営に終始した。慎重審議を求めた8割といわれる国民の声は、あっさりと否定された形だ。憲法を軽んじる政権だけに、「主権在民」など、はなから頭にないのだろう。

 なぜこれほど反対の声が強い法案を性急に通したのか。第一に考えられるのは、予算審議を含めた政治日程を逆算しての結果だろう。来年1月からは通常国会。経済対策を含めた来年度予算案の審議が焦点となるが、4月の消費税率8%への引き上げに備え、大盤振る舞いが予想される。臨時国会では、東日本大震災を受けて、災害に備えて道路や橋などを計画的に点検・補修することなどを盛り込んだ「国土強靭化基本法」が成立している。

 自民党が描く国土強靭化とは、10年間で200兆円の税金を投入し、土建国家の再構築をすることだ。1,000兆に及ぶ借金を抱えたこの国に、そんなカネがあるはずもなく、つまりはまた国債発行で賄うということになる。政府は「国土強靭化政策大綱」の案をまとめたが、案の定、鉄道や高速道路といった交通大動脈の代替ルート整備が盛り込まれている。消費増税に加え、ムダな公共事業の乱発となれば、国民の政権への批判が増大する。当然支持率は下がる。6割に上る高い支持率があるうちに、最大の懸案事項を片付けておきたかったというのが本音だろう。

 危ないのはそれから先である。安倍晋三という強権政治家が最終的に狙っているのは「憲法改正」。年明けからは、その前段として、集団的自衛権の行使を容認する方向で事を進める構えだ。集団的自衛権をめぐっては、戦争放棄を定めた憲法9条との兼ね合いで「行使は許されない」という憲法解釈が確立されてきた。集団的自衛権の行使が「国を守るための必要最小限の範囲を超える」と解されるためだ。これに関しては歴代の内閣法制局長官らが同様の国会答弁を積み重ねてきたという経緯がある。

 平和を守るために積み重ねられた歴史を、「戦後レジームからの脱却」などといって簡単に踏みにじることが許されるとは思えないが、安倍首相には通用すまい。すでに要となる内閣法制局長官に、集団的自衛権行使を容認する小松一郎(前駐仏大使)氏を就任させており、着々と布石を打ってきているのだ。歴史を軽んじる首相の姿勢が、国を危険な方向に導きつつあることを再認識する時期が来ている。安倍晋三がやりたいのは「戦争」なのである。

 集団的自衛権の行使容認を実現した後は、なし崩し的に9条を軸とする憲法改正に向けて進むはずだが、これには時間がかかる。しかし、安倍氏が念願の国防軍を創設するためには、憲法改正が避けて通れない。直近で確実視される国政選挙は、3年後となる平成28年夏の参院選。衆院の任期は同じ年の12月までとなっており、国民はこの間、選挙で安倍政権を倒すことができない。逆に、安倍氏には平成28年までの3年間しか時間がないということになる。国家安全保障会議(日本版NSC)、特定秘密保護法案、集団的自衛権の行使容認、憲法改正と国防軍創設・・・・・。どこまで暴走を許すのか、国民の意思が問われている。

 ところで、特定秘密保護法案が審議されていた参議院の本会議場で、傍聴席から靴を投げ込んだ45歳の男性が警視庁に現行犯逮捕された。国会の外では、法案に反対するデモに参加していた男性ふたりが、公務執行妨害などの疑いで逮捕されている。暗い世相を予感させる出来事だったが、秘密保護法案が成立した今の時代背景と、極めて似た状況があったことを思い起こす必要があろう。

 大正12年(1923年)9月、首都圏を巨大地震が襲う。関東大震災の発生だった。死者10万5,385人、全潰全焼流出家屋29万3,387戸。壊滅的打撃を被った日本だったが、首都再建に向けての槌音を響かせるまでに時間はかからなかった。国を挙げての「復興」だ。そして、その2年後、ある法律が制定される。「治安維持法」である。

 大正14年(1925年)4月に制定された同法は、共産主義拡大の抑止を目的にしたもので、資本主義と国体(天皇主権)に反対する運動を取り締まることに主眼を置いていた。その後、国際社会での日本の立場が変わるとともに、立法趣旨が拡大解釈されるようになり、昭和16年(1941年)3月に前面改正。政府批判をする勢力すべてが弾圧の対象となった。中国と泥沼の戦争を続けていた我が国が、米・英などの連合国を敵に回し、太平洋戦争を始めた年でもある。

 平成23年3月の東日本大震災、国を挙げての復興への歩み(関東大震災の折のスピードはないが)、対中・韓との摩擦、震災から2年後の「特定秘密保護法」・・・。いずれもかつて治安維持法が制定された頃の流れに酷似している。下は、治安維持法の法案審議が途中で打ち切られたことを報じる大正14年の朝日新聞夕刊の紙面だ。審議打ち切り、強行採決―平成25年に現出した光景とまったく同じであることに、愕然とした。

1925年治安維持法案審議の記事(朝日新聞夕刊)

 「いつか来た道」。そう言って今の世の中に懸念を示すだけでは、済まなくなっている。秘密保護法案を成立させようとする強権政治に真っ向から立ち向かったのか?戦前と同じ過ちを犯してはいないか?報道に携わる者すべてに、歴史が問いかけている。もちろん国民にも。

<中願寺純隆>



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