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ジャーナリズム逝く ― 福岡市政記者クラブの実態(上)

2013年11月18日 07:00

市政記者室 記者クラブは、国や地方自治体、業界団体ごとに「一般社団法人 日本新聞協会」加盟社(新聞104社、通信4社、放送23社が加盟)及びこれに準ずる報道機関から派遣された記者によって構成される組織だ。その記者クラブの存在こそ、この国をだめにした一因である。これまでも、これからも、そう書き続けるだろう。本来の使命を忘れた記者がどれだけ群れても、世の中が良くなるとは思えないからだ。税金の無駄使いは、早くやめるに越したことはない。
 福岡市政記者クラブに出した質問取材に対するクラブ側の回答を見た瞬間、一層その思いを強くした。結論から言って、この記者クラブに巣くう記者たちの大半には(全員ではないと信じたい)、ジャーナリズムのかけらもない。以下、その証明。

記者クラブ取材―昨年の記事から
 昨年夏、九州7県の県庁記者クラブに行ったアンケート形式の質問取材を行った。質問は次の4点だ。

  1. 記者会見の主催は記者クラブ、県のいずれでしょうか?
  2. フリーランスの記者をはじめ、貴記者クラブ所属ではないメディアの記者の会見参加を認めておられますか?認めている場合と認めていない場合、それぞれの理由も合わせてご回答下さい。
  3. 記者クラブ所属以外の記者が会見に参加する場合、質問することも可能ですか?質問ができない場合はその理由をご回答下さい。
  4. 貴記者クラブの運営に、どの程度の金額の公費が費消されているかご存知でしょうか?ご存知でしたらお教え下さい。

 集まった回答のうち、「知事定例会見」に対する各記者クラブの対応と、クラブ運営にかかる公費についての認識をまとめたのが下の表である。

各県庁記者クラブの回答(知事定例会見への対応)

 HUNTERの質問取材に対する各クラブの回答は、決して褒められる内容ではなかった。唯一、条件付ながらクラブ加盟者以外の会見参加や質問を認めており、開放度が九州一と思われたのは宮崎県庁の記者クラブだけ。他の記者クラブの回答は、いずれも曖昧さを残したり、はなからクラブ非加盟者を除外する始末。自分たちがどの程度の税金を使っているのか分からない、あるいは「答える立場にない」という現実は、税金の使い道をチェックする立場にしてはお粗末と言うしかないものだった。

 それでも、きちんと質問と向き合った大分、宮崎、福岡、熊本のクラブは健全な方。佐賀、長崎、鹿児島の県庁記者クラブが寄こした回答は、疑問点に答えるという基本的なルールさえ守られておらず、「日本新聞協会編集委員会の見解」(2002年1月17日、2006年3月9日一部改定。以下『見解』)を答えに充て、議論を避けた形となっていた。しかし、それとてクラブ運営の方針を示しただけましだったようだ。

福岡市政記者クラブへの質問
 HUNTERは10月4日、福岡市役所の記者クラブ(『福岡市政記者会』)に、記者クラブの現状について取材していることを明記した上で、次の質問を投げかけた。

  1. 記者会見の主催は記者クラブ、福岡市のいずれでしょうか?
  2. フリーランスの記者をはじめ、貴記者クラブ所属ではないメディアの記者の会見参加を認めておられますか?認めている場合と認めていない場合、それぞれの理由も合わせてご回答下さい。
  3. 記者クラブ所属以外の記者が会見に参加する場合、質問することも可能ですか?質問ができない場合はその理由をご回答下さい。
  4. 貴記者クラブの運営に、どの程度の金額の公費が費消されているかご存知でしょうか?ご存知でしたらお教え下さい。

 昨年、各県の県政記者クラブに行なった質問取材と、まったく同じ内容だ。どんなにひどくても「『日本新聞協会編集委員会の見解』に準じて運営を行っております」程度の回答はあるだろうと期待していたが、今月12日になって返ってきたのは、次の文書だった。

鹿児島 867.jpg

回答拒否
 《質問1から4について、一括してご回答いたします。

 福岡市政記者会では、記者クラブの目的や役割等にかんがみ、その都度、適宜、適切に判断しております。》―これだけである。

 「ご回答いたします」と書いてはあるが、これは「回答」ではない。一括して答えられる内容ではないはずだ。そもそも「回答」とは、一つひとつの問いに対し、きちんと結論と理由を示すことである。報道の現場にあっては、なおさらその形に厳格さが求められる。記者たちが取材相手に質問をぶつける場合、あやふやな言葉が返ってくれば「答えになっていない」と迫るのが普通。そうしなければ正確な記事は書けないし、真実を伝えていくことなどできない。翻って、福岡市役所の記者会が発したこの文書の記述はどうか。一片の誠意もなければ、報道人としての矜持もない。程度の低い役所や政治家でも、もっとましな回答を寄こすだろう。HUNTERに対するものと同じような回答文書をもらった場合、たいていのメディアはこうくる。「事実上の回答拒否」。

説明責任放棄
 質問項目1の記者会見の主催を問うた質問に対しては、クラブ側か市側かという答えしかない。2についても、非クラブ記者の会見参加を認めているか否かの択一。3は、非クラブ記者が会見に参加できた場合、質問を認めているかどうかについて、実情を述べれば済むことだ。4で聞いた記者クラブの運営にかかる公費の額については、こちらが意識の高低を確認しただけで、知らなければ「知らない」でかまわないだろう。いずれも難しい質問ではない。要はまともに答える意思がないということに尽きる。

 もちろん、「差別」や「権利」といった語には敏感に反応する大手メディアの方々である以上、同様の質問をしたすべての市民に対し、まったく同じ態度と答えで応じるのだろう。しかし、周知のごとく記者クラブが使用する「記者室」の維持には税金が充てられている。であるなら、記者クラブの運営実態について、説明する義務もあるはず。基本的なことを聞かれて答えないというなら、とんだ税金泥棒だ。こうしたケースでメディアが使う常套文句がこれ。「説明責任の放棄」。

嘘八百
 真実を追求するジャーナリストの集まりであるはずの「福岡市政記者会」が、事実を歪めていることについては、さらにいただけない。「その都度、適宜、適切に対応」というが、これはとんでもない作り話であることが分かっている。
 
 今年春、地元のネットメディア「NET‐IB」が、市政記者会に一つの“お願い”をした。会見へのオブザーバー参加が許されていた同サイトが、改めて「質問」を認めてもらえないかと頼み込んだのだ。それから約半年。記者会側は結論を引き延ばし、「NET‐IB」への回答を放置する。催促するのはいつも「NET‐IB」側で、記者会側からは一度も連絡がなかったという。お粗末な話だ。最後は、窓口になっていた読売の記者が「結論の文書を書いているからもうしばらく待って」と言い訳したあげく、またも放置。約束は一度も守られなかった。

 「NET‐IB」の担当者は「嘘八百並べて、トンズラですよ。何度も何度も催促して、その都度期限を切ったのは向こう(記者会側)。信じられない」と憤る。結局、別の社の記者を通じて結論が示されたのは11月になってから。読売の記者とは連絡も取れないという。これが「その都度、適宜、適切に対応」する組織の実情なのだ。

 ちなみに、「NET‐IB」に対する回答と、HUNTERへの回答は、同じ日に出されていた。「NET‐IB」側が事の顛末を報じたことで、尻に火がついたということか。政治家や役人が事実と違う話をした場合、メディアは「虚偽」「捏造」などと騒ぐのが通例だが、市政記者クラブは自分たちが同じことをしていることに気付いていないようだ。自覚がないのなら、「報道」を名乗ることを控えた方がいい。

エセジャーナリスト
 話をHUNTERと市政記者クラブのやり取りに戻そう。もし福岡市政記者会に所属する記者の多くが今回の回答内容に同意するというなら、この方々に記者室を使う資格などない。なぜなら、「日本新聞協会」は、見解の中で次のように明言しているからだ。

《記者クラブは、公的機関などを継続的に取材するジャーナリストたちによって構成される「取材・報道のための自主的な組織」です》
《記者室は、報道機関と公的機関それぞれの責務である「国民の知る権利に応える」ために必要な、公的機関内に設けられたジャーナリストのワーキングルームである》

 分かりやすく言えば、「ジャーナリスト」とは、取材を重ねた末につかんだ真実を、原稿にしてメディアで公表するのが仕事だ。正義感に支えられた正確な分析力に加え、緻密さや、我慢強さ、時には大胆さが求めらる仕事でもある。だからこそ、高い評価を受ける記事を発信する人は、ただの「記者」ではなく「ジャーナリスト」と尊敬を込めて呼ばれている。しかし、日本新聞協会がいうジャーナリストとは、問題意識も持たず、ただただ差し障りのない記事を垂れ流す輩を指しているのかもしれない。ならば、記者クラブの惨状に合点がいく。

  • 権力に媚び、発表された内容を垂れ流す。
  • 内部のリーク情報を欲するあまり、権力側にとって都合の悪い事実にはダンマリを決め込む。
  • そうして得た、いずれ明かされる事案を、公表前に記事にして「スクープ」だとはしゃぐ。
  • 少数意見を見下す。
  • 自分たちへの取材にはまともに答えない。

 以上が「福岡市政記者会」の実態だ。こうした記者たちが、果たして「ジャーナリスト」と呼べるのか―答えは「NO」に決っている。常々、メディアには「社員」「記者」「ジャーナリスト」の3種類の人間がいると思ってきたが、福岡市政記者会には「記者」も「ジャーナリスト」もいないらしい。報道機関の「社員」を名乗る資格さえ危ぶまれるほどだ。基本的な質問にさえ答えず、会見で非クラブ加盟者の質問を拒絶するようなエセジャーナリストたちには、税金で支えられるスペースを占拠する資格などない。死んだジャーナリズムに税金を使う意義などないからだ。

 市政記者会の回答には、前述したように「記者クラブの目的や役割等にかんがみ」とある。記者クラブの役割や目的が分かっていれば、もう少しましな記事が出てきても良さそうなものだが、この1年を振り返って、「さすが」と思わせる市役所関連の報道にはお目にかかっていない。公表された内容が、同じような文章や映像となり、別々のメディアで市民に伝えられているに過ぎない。記者も、記事も、予定調和の世界で息をしているだけなのだ。これが「ジャーナリズム」とは聞いて呆れる。

 記者会回答文書の最後に「以上、よろしくお願いいたします」と記してある。一体、何をお願いしているのだろう。ジャーナリストを気取っておきながら、どうやら日本語も理解できていないようだ。

 今回の福岡市政記者会の姿勢について、他の現役記者たちはどう見るのだろうか。旧知の何人かにHUTERの質問と記者会側の回答を見てもらい、感想を聞いた。

つづく

<中願寺純隆>



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