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僭越ながら:論

「絆」はどこへ
― 五輪招致とフクシマの現実 ―

2013年9月10日 09:20

 7年後の東京五輪が決った。明るいニュースだと素直に喜びたいところだが、「絆」の一文字を虚しくする五輪の招致騒ぎに、苦言を呈したくなった。
 東京が掲げたのは「復興五輪」。平成23年に発生した東日本大震災から立ち上がるこの国の姿を、全世界に届けたいという主旨なのだろう。だが実際の招致活動に、被災地を思いやる気持ちがあったとは思えない。
 「東京は大丈夫」。招致関係者からこうした発言が出るたびに、違和感を覚えたのは筆者だけではあるまい。遅々として進まぬ復興、漏れ続ける福島第一原発の汚染水・・・・・。たしかに東京は大丈夫だろうが、肝心の被災地では、7年後がどうなっているかさえ見通しが立っていない。浮かれる世間、取り残される被災地。五輪を免罪符にして、最優先課題をおろそかにしてはいないか?

招致委・竹田理事長の「妄言」
 五輪の東京招致を実現するため、ブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会(IOC)の総会に参加していた竹田恒和招致委員会理事長が、今月4日、「東京の放射線量はロンドンやニューヨーク、パリと同じ。水も食物も空気も絶対に安全なレベル」「東京と福島は250キロも離れているので心配ない」などと発言した。福島について、まるで別の国のことを話しているかのような突き放しようだ。

 原発の汚染水漏れが深刻な事態となる中、集中的に質問を受けた竹田氏が、つい本音を漏らしたということだろう。東京は安全―裏返せば福島は危険ということだ。国を代表する人物が、これほど差別的な意味で東京の放射能被害を否定した発言は聞いたことがない。東京さえよければ日本は大丈夫。そういうことになりはしないか。
 震災後、原発事故との闘いをつづける関係者や被災地の人々が、この竹田発言を聞いてどう思ったか。その心情は察するに余りある。

 福島第一は現場作業員の必死の努力で、かろうじて最悪の事態を回避しているに過ぎない。原発に限って言えば、「絶対の安全」などあり得ないことを教えてくれたのが福島第一であり、そこには、一歩間違えれば数百キロ離れた東京に被害をもたらしかねない危険性が、いまも存在する。竹田氏の発言は、崩壊したはずの「安全神話」と同様の妄言でしかない。

 忘れてはならないことが、まだある。原発事故後、餌として与えられた「稲わら」が原因となって放射性セシウムで汚染された牛肉は、ほとんどの都道府県で流通していた。また、福島から遠く離れた静岡県の茶葉からは、基準値を超えた放射性物質が検出されている。「離れているから安全」という考え方自体、放射能被害においては通用しないのだ。

安倍首相の「虚言」
 竹田氏の発言が被災地の現状を直視せぬ妄言なら、安倍晋三首相が世界に向けて発したメッセージは「虚言」ということになる。

 首相は、招致の最終プレゼンテーションで、福島第一原発の影響について次のように明言している。「私が安全を保証します。状況はコントロールされています」、「決して東京にダメージを与えない」。
 直後の各国メディアとの質疑では、汚染水漏れについて聞かれ、こう言っている。「結論から申し上げればまったく問題ない。新聞のヘッドラインでなく、事実を見て下さい。汚染水の影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内に完全にブロックされています」、「福島の青空の下、サッカーボールを蹴っている子供たちがいる。彼らの未来に責任を持っている」。

 安倍さんに聞きたい。
《状況はコントロールされています》
《汚染水の影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内に完全にブロックされています》
《健康問題は、今までも現在も将来も問題ない》
この発言の根拠は、一体どこにあるのか―についてである。

 福島第一原発の汚染水は、いまだに増え続けており、一時的に溜めていたタンクや貯水プールから汚染水が漏れ出たことは、世界中が知っている。漏れ出た汚染水が地下水にまで達したことは、すでに報道でも明らかだ。もちろん、汚染水が《港湾内の0.3平方キロメートル》以内にブロックされているかどうかは、今後の調査を待たねば分からない。

 首相が言う《港湾内の0.3平方キロメートル》とは、福島第一前の堤防内を指しているが、外洋に汚染水が流れ出た可能性は否定できていない。当事者である東京電力が、外洋と完全にブロックされた状態ではなく、水が行き来していると説明しているのである。汚染水については、国も東電もコントロールできていないのが現状で、《新聞のヘッドラインでなく、事実を》見れば見るほど、安全は否定されてしまうのである。首相は、勝手に“状況をコントロール”している。

 《健康問題》についての発言には、開いた口が塞がらない。医師でも科学者でもない首相が、なぜ放射能被害について、《今までも現在も将来も問題ない》と言い切れるのか?例えば、低線量被ばくによる健康被害は長い年月をかけての調査が必要で、現時点で《問題ない》と言い切れる状況にはない。

 文部科学省の委託を請けて「財団法人 放射線影響協会(略称:放影協)」が行った調査によれば、原発関連施設で働く人の一人当たりの平均累積線量は13.3ミリシーベルト。100ミリシーベルトどころか、これだけの線量でがんにかかる比率が1.04倍になることが報告されている(⇒『原子力発電施設等放射線業務従事者等に係る疫学的調査(第Ⅳ期調査 平成17 年度~平成21 年度)』)。

 《福島の青空の下、サッカーボールを蹴っている子供たちがいる》のは事実だろうが、安倍首相が《彼らの未来》に責任を持てるはずがない。五輪招致のために、なりふり構わぬ作戦に出たとすれば、あまりに無責任な一言だ。

 政府が汚染水対策を打ち出したのは9月3日。五輪の開催地決定直前に出された基本方針は、効果はもちろん、実現できるかどうかさえ検証されていない、いわば付け焼刃的なもの。五輪招致に向けての弥縫策だったと言っても過言ではあるまい。
 同じ日、学術雑誌「Nature」は、論説の中で、汚染水漏れについての日本政府や東電の対応に、強い不信感を表明している。

大手メディアの狂騒
 大手メディア、特にテレビのはしゃぎぶりは目に余る。五輪招致を歓迎するのは決して悪いことではなかろう。しかし、テレビの情報番組でタレ流されているのは、首都高速や地下鉄、道路がどう変わるのかといった「東京」の未来像ばかり。あとは3兆円に上るとされる経済効果の話だ。復興の重要性や被災地の現状に触れるケースもあるにはあるが、付け足しの観は否めない。

 これまで、「福島」の未来を描いた番組があったか?高い線量の影響で、故郷を奪われた人々に、希望を与える番組があったか?筆者は寡聞にして知らない。
 ついこの間まで、被災地との「絆」を売り物にしてきたテレビ界が、新たな長期ネタをもらってバカ騒ぎしている様は、哀れというしかない。視聴率しか頭にないテレビの常とはいえ、この狂騒に付き合う気持ちにはなれない。

「絆」 
 3.11以来、「絆」という一語が被災地と全国をつないできた。西と東に温度差こそあるにせよ、細い糸でつながっていたのは事実だ。それが東京への招致成功で、オリンピックさえ開ければ何もかもが良くなるような風潮が蔓延している。五輪招致委のトップや首相の発言は、その象徴だったとも言えよう。
 「復興五輪」を掲げての招致成功なら、先に描かれるべきは、福島をはじめとする被災地の未来像で、東京のそれではなかったはずだ。
 「絆」はどうなってしまったのか―絶たれたと感じる筆者の思いが、杞憂に終わることを祈るばかりだ。 



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