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僭越ながら:論

危ない安倍自民党の歴史認識

2013年8月 9日 10:30

 NHKの大河ドラマ「八重の桜」の放送で、会津(現在の福島県)にスポットライトがあてられた。維新期の流れを、敗者となった会津藩側の視点で描くことで別の歴史観を提示しており、興味深い。
 薩長は官軍、会津は賊軍という見方は、じつは勝者が作り上げた虚構だ。そもそも、徳川や会津を討伐せよとの天皇の命令が、じつは偽勅(ぎちょく)=ニセモノであったことが知られている。「錦の御旗」にしても、大半は長州で作られたという説がある。
 会津にとって見れば、天皇に忠勤を励んだあげく、ある日突然でっち上げによって「賊軍」「朝敵」となったのだから、たまったものではなかったろう。ために明治維新から145年を経ても、会津と長州(現在の山口県)の間の溝は埋まらないのだという。ことほどさように、「歴史観」を共有することは難しい。
 さて日本の政治家である。中・韓との歴史観の違いばかりが喧伝されるが、国内でさえバラバラの状況だ。
 参院選の大勝で気をよくしたのか、首相や自民党の国会議員に、歴史そのものを否定するような動きが目立つようになった。こうなると歴史観や歴史認識がどうのという話ではなくなる。
 戦争、原爆、そして沖縄・・・・・、いずれも“国家”が、国民に塗炭の苦しみを背負わせた事例ばかりだが、浮かれた自民党にはそうした意識すらないらしい。

歴史認識以前の麻生発言
 「ナチスに学んだらどうか」―憲法改正について述べた麻生太郎副総理の一言が、世界中の顰蹙を買った。
 ワイマール憲法を事実上停止させたナチスドイツの手法を、賛美したとしか思えない発言。どう大甘にみても弁護する余地はない。
 麻生氏特有の自虐的な放言と解釈する向きもあるが、違うだろう。政治家の発言は重いということを、外務大臣、首相を経験した人間が分かっていない点、この人の資質にこそ問題があると言わざるを得ない。
 庶民の生活とは縁遠い世界で大人になり、政治家となった麻生氏には、人を見下す癖がある。今回の発言は、それに加え歴史の不勉強が口をついて出たというに過ぎない。歴史認識を持つ前に、正しい歴史の流れさえ分かっていないのである。
 これが内閣のナンバー2だというから恐れ入るが、国民の知らないうちにことを済まそう(憲法を変えよう)という、安倍自民党の声を代弁したと見ることもできよう。

あやうい首相の歴史観
 改憲に向かってひた走る安倍首相も、じつは正しい歴史認識など待ち合わせていない。
 首相は今年4月、日本の植民地支配と侵略を謝罪した村山談話に関する国会での質疑で、「侵略という定義は学界的にも国際的にも定まっていない。国と国の関係でどちらから見るかで違う」と答弁。戦前の大陸における日本の行為は、侵略ではなかったという自説を披露してみせた。
 麻生副総理ら閣僚3人による靖国神社参拝をめぐって中国と韓国が反発していることについて聞かれた折は、「尊い英霊に尊崇の念を表するのは当たり前のことであり、閣僚がどんな脅しにも屈しない自由は確保している」と明言、閣僚の参拝を容認する考えを示している。
 一連の首相発言が中・韓の怒りを増幅させたのは言うまでもないが、暴走ととらえたのは両国だけではなかった。同盟国であるアメリカのオバマ政権でさえ、非公式に懸念を伝えていたのである。それでも靖国にこだわる政治家がいる。

相次ぐ閣僚、党幹部の問題発言
 15日の終戦記念日、稲田朋美行革相と高市早苗自民党政調会長が靖国神社に参拝するという。勇ましい女性たちではあるが、政治家としては未熟と言うしかない。
 稲田氏は今年5月、「慰安婦制度は、悲しいことではあるけれども、合法」と述べ、問題化して発言を撤回。狂った歴史認識の持ち主であることを露呈した。
 高市氏に至っては、参院選を前にした6月、原発再稼働にからみ「福島第一原発の事故で死亡者が出ている状況ではない」と発言し、これまた撤回に追い込まれている。こちらは歴史どころか現状に対する認識すら持ち合わせていなかった。
 この程度の政治家が閣僚や党幹部だと言うのだから、推して知るべしである。

集団的自衛権
 安倍首相の言う「戦後レジームからの脱却」とは、歴史を軽視することのようだ。
 8日、新しい内閣法制局長官に小松一郎駐仏大使をあてる人事が閣議決定された。外務省からの長官起用は初めてのことだが、これは集団的自衛権行使を容認する立場の人間を使い、憲法解釈を変えようとする安倍首相の布石だ。
 集団的自衛権をめぐっては、戦争放棄を定めた憲法9条との兼ね合いで「行使は許されない」という憲法解釈が確立されてきた。集団的自衛権の行使が「国を守るための必要最小限の範囲を超える」と解されるためだが、これ関しては歴代の内閣法制局長官らが同様の国会答弁を積み重ねてきたという経緯がある。
 首相は、政府の有識者懇談会での検討を進めるなかで、小松新長官を使って憲法解釈の変更を促すものとみられている。
 平和を守るために積み重ねられた歴史を、「戦後レジーム」などといって簡単に踏みにじることが許されるとは思えない。歴史を軽んじる安倍首相の姿勢が、国を危険な方向に導きつつあることを再認識せねばなるまい。

沖縄
 《沖縄県民斯く戦へり 県民に対し後世特別の御高配を賜らんことを》―玉砕直前、沖縄根拠地隊司令官だった大田実少将が海軍次官あてに発した電文の一説である。
 県民の4人にひとりが犠牲になったといわれる沖縄戦について、あるいは基地の70%以上がが沖縄に集中する現実について、政府はあまりに無頓着であり続けてきた。
 戦後、沖縄への予算面での手当てはなされたものの、本当の意味での《特別の御高配》など、ついぞ実現していない。

 先月、防衛省は、沖縄県の普天間基地に配備されているアメリカ軍の新型輸送機オスプレイの飛行訓練に関し、日米両政府が合意した運用ルールに違反するケースは確認できなかったという調査結果を公表した。
 わずか2か月で318件のルール違反が確認されているにもかかわらず、平然とこうした発表が行われることに、沖縄県民ならずとも不信を抱くのは当然だ。
 安倍政権の沖縄に対する傲慢さは、歴代政権のなかでも飛び抜けている。

 沖縄では、サンフランシスコ講和条約が発効した4月28日を「屈辱の日」と呼ぶ。奄美、小笠原、沖縄が、講和条約発効後も米軍の施政下に置かれたためだ。だが今年、安倍政権は政府主催でこの日に「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」を実施し、沖縄の反発を招いた。式典当日、奄美や沖縄で、式典に抗議する集会が開かれたことは周知の通りだ。もともと安倍政権は、沖縄県民の思いなど一切忖度しておらず、国威発揚にしか興味がないのである。
 敗れた側の立場、虐げられた側の立場でモノを考えることができない証左とも言えよう。

歴史を無視する安倍政権
 きょう9日は、6日の広島に続き長崎に原爆が投下された日である。放射能の恐ろしさを知るこの国の首相が、フクシマ以後も原発再稼働を進め、あげく他国に原発を売り歩く。歴史認識もへったくれもない手法には、嫌悪感さえ覚える。

 1000兆円にものぼろうかという借金を重ね、国の財政を危うくしたのは自民党である。しかし、選挙で大勝した同党がやろうとしていることは、国土強靭化という名の公共事業ばら撒きだ。ここでも歴史は生かされていない。
 歴史に学ぼうとしないばかりか、あたまから無視する安倍政権は、戦後最低の内閣であると断言しておきたい。
 そういえば安倍氏は、長州のご出身である。



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