県民の反対を無視して、鹿児島―上海間の航空路線維持のために公費を使った職員研修を実施した伊藤祐一郎鹿児島知事。その強行姿勢の背景に、ある医療財団の動きがあった。
財団の名称は「一般財団法人メディポリス医学研究財団」。鹿児島県指宿市で、陽子線を使ったがんの治療施設「メディポリスがん粒子線治療研究センター」を運営している団体だ。同センターの事業には、予定分を含めて公費約60億円が投じられているが、運営計画に狂いが生じたため、財務状況が悪化。巨額の借入金を抱えた同財団が、患者確保のため考え出したのが、中国富裕層の引き込み。そのためにどうしても必要なのが、「上海直行便」だった。
強行された上海研修
問題の上海研修は、鹿児島―上海間の定期航空路線の利用者減を食い止めるため、県職員1,000人を研修のため上海に派遣するというもの。仰天計画の原資が職員給与の削減分―つまりは税金だったため、県民から猛反発が噴き出した。
しかし、伊藤知事は方針を変えず、上海での海外研修費1億1,800万円を盛り込んで県議会に補正予算案を提出。これに対し、鹿児島県議会は、派遣する人数を300人に修正した案を可決し、知事の面子を立てた形となっていた。知事と議会の妥協の産物である。なぜ知事はここまで上海研修にこだわったのか?謎を解く鍵は、メディポリス医学研究財団の動きにあった。
メディポリスが巨額の借入れ
今年2月、鹿児島県指宿市で陽子線を利用した「がん粒子線治療研究センター」(現在は「メディポリスがん粒子線治療研究センター」に名称変更)を運営している『メディポリス医学研究財団』が、事前に公表された金額をはるかに上回る借入れを行っていたことが明らかとなった。
膨らんだ借入れ金の総額は70億円。同財団の事業を所管する鹿児島県は、借入れの趣旨や経営実態について分からないとしているが、約53億円の公費が投入されたうえ、さらに7億円の補助金が支出される予定の同財団に、不透明感が増した形となっていた。
平成21年1月から同22年3月までの長期借入金は32億5,000万円。これが平成23年度になると61億円となり、24年度には70億円となっていた。
財団公表の事業資金の組み立てでは、公的な補助や貸付、寄附などによって58億4,000万円を賄うことになっている。これにシンジケートローンと呼ばれる銀行団からの借入40億円を加えると、集まる資金は98億4,000万円だ。さらに、乳がん研究への補助金11億円が加わることになっており、十分に財団運営ができるはずだった。しかし、前述した通り、借入金は増え続けている。原因は、予想した患者数と現実の相違だ。
がん粒子線治療研究センターは、年間500人程度の治療を目標としていた。しかし、今年1月の時点でがんセンターの治療症例実績は499人。稼働開始は平成23年4月なので、これが1年10ヶ月間(22ヶ月)の実績とするなら、予定の患者数を大幅に下回っている計算だ。
治療には保険が適応されないため、すべて自己負担。その額は1回の治療で約290万円だ。年間500人のがん患者が治療を受けたとして、500人×290万円=14億5,000万円の収入が見込まれることになる。しかし、22ヶ月間で499人の治療実績は、想定の半数程度でしかなく、収支予測に狂いが生じていることは、誰の目にも明らかだった。
患者獲得のターゲットは上海の富裕層
そこで考えだされたのが、中国の富裕層をターゲットにした患者獲得だ。
財団は今月2日、上海の医療機関内にメディポリスがんセンターの相談窓口を開設することを公表している(右の文書参照)。開設時期は8月中旬となっているが、上海側との折衝は、かなり早い時期から行われていたという。
中国の患者でも呼びこまない限り、メディポリスの財務状況は改善しないところまできているのである。そのためどうしても必要となるのが、鹿児島―上海間の航空路線だったというわけだ。
メディポリス医学研究財団の理事長である永田良一氏は、伊藤知事側に対し、計200万円の政治資金を提供していた人物である。がん粒子線治療研究センター建設が、県のプロジェクトとして位置づけられていく過程において、ふたりの関係が深まったとみられる。それだけに事業の失敗は許されない。
中国の患者を鹿児島に連れてきて、財団の経営を安定させるためには、どうしても鹿児島―上海間の航空路線はなくせない。上海研修の強行は、メディポリス破綻を引き延ばすための、なりふり構わぬ路線維持策だった可能性が高い。