福岡市が市内中央区で進める中央保育園((運営:社会福祉法人福岡市保育協会)の移転計画。市が9億円をかけて先行取得した移転用地は、非常時の十分な避難経路が確保できないという最悪の場所だった。半径200メートル以内に7軒ものラブホテルがあったことから、風営法との絡みばかりがクローズアップされたが、在園児保護者らの最大の反対理由は、地理的に「子どもの命が守れない」というところにある。
さらに、報じてきた通り、移転計画の過程は疑惑と不正のオンパレード。これを認めることは、税金で悪党の行為を支えるに等しい。
一方、市側の強硬姿勢を支えているのは、「待機児童解消」という大義名分。これを盾にした市は、「計画が頓挫すればその機会が遠のく」と主張して、保護者らの動きを牽制している。
残念なことだが、報道関係者の中にも「保護者のわがままが待機児童解消を遅らせる」という考えの人間がいるようで、3日の産経新聞の記事はその代表格とも言えるものだった。
福岡市が言う「待機児童解消」のまやかしと、無定見な産経新聞の記事についてまとめた。
もともとおかしい「待機児童」の定義
移転計画の総責任者である高島宗一郎福岡市長が掲げるのは「待機児童の解消」という大義名分。避難経路さえ確保できていない風俗街で保育園整備を進めるのは、保育のニーズに応え、「待機児童の解消」という政策課題を解決するためだという。しかし、その「待機児童」の定義付け自体を、疑問視する声は少なくない。
市長は定例会見などの中で、福岡市の待機児童数を「約700人」と言っている。だが、保育所入所を希望しながら、「未入所」となっている子どもは、じつはその倍近くいるのが実情だ。
役所が言うところの「待機児童」とは、保育所への入所を望みながら定員等の関係で入所がかなわない子どもの総数(未入所数)ではなく、未入所総数から特定の保育所だけへの入所を待つ子どもの数を差し引いたものなのだ。もっと分かり易く言えば、“どこでもいいから入所させたい”というケースだけを「待機児童」と呼んでいるのである。
例えば、平成23年度は、未入所児童が1,490人いたのに「待機児童」は727人。24年度は1,746人が未入所だったのに「待機児童」は893人と公表されている。市が公表してる待機児童数の約2倍が、希望する保育所入所を断られているというのが現実なのだ。
『保育所への入所申込が提出されており、入所要件に該当しているが、入所していない児童』。これが厚生労働省が定めた「待機児童」の定義である。潜在的な待機児童は、公表されている統計よりもはるかに多い。
市側説明と現実の矛盾
市側は、移転計画撤回を願う市民の声を、「待機児童解消」という錦の御旗を掲げて蹴散らす構えだが、その主張が詭弁に過ぎないことを立証しておきたい。
下は、渦中の中央保育園を運営する「社会福祉法人 福岡市保育協会」が今年4月、施設整備補助金を受けるため提出した補助申請の内容を、市側がまとめた文書の一部である。
赤いアンダーラインに注目すると、中央保育園は「未入所数 20人」、もよりの保育園は「未入所数 29人」と記されている。
前述した通り、待機児童数は未入所数の約半分なので、ここに記された二つの保育園が抱える「待機児童」は、25人ほどということになる。
高島市長は、記者会見で何度も「ニーズ」という言葉を使った。特に天神地区における保育所整備の必要性を強調もした。たしかに、保育所整備を求める声が高いのは事実だろう。しかし、市側が作成した資料で見る限り、中央保育園がある地域の保育ニーズは、合計しても約50人。待機児童数はその半分でしかない。
もちろん、これを放置することはできない。しかし、「未入所」も含めて解決するにしても、整備すべき保育園の適正規模は、『定員300人』などという他に例を見ない大規模なものではないはずだ。せいぜい、定員100人規模の保育園を、もう一つ整備すればことは足りる。
そもそも市長は「待機児童の解消」としか言っておらず、「未入所児の解消」とは言っていない(もっとも、市長が言葉の意味を分かっているのかどうかさえ怪しいが・・・・)。 市側が、資料に「未入所数」を使ったのは、大規模園を整備するため、少しでも保育ニーズが多いことを印象付けようという姑息な使い分けをしたからに他ならない。
待機児童解消が時代の要請であることは認める。しかし、子どもの安全を無視した保育園を作っていいはずがない。待機児童解消という大義名分は、子どもの命あってこそ成り立つものなのだ。もちろん、一部権力者のよこしまな思惑を満たすため、子どもを利用することなどあってはならない。
中央保育園の移転計画に、許されないはずの背景があることを忘れてはならない。
「産経新聞」―検証もなく市役所擁護
こうした中、移転計画の実態についてろくに検証もしないまま、市を擁護するためとしか思えない記事を垂れ流す、いわゆる「役所の犬」同然の新聞もある。
3日、産経新聞の記者が書いた『保育園移転に保護者ら猛反発 「待機児童ゼロ」道遠く…』という見出しの記事を読んだ。結論から述べておくが、記事のレベルの低さと記者の不勉強には、開いた口が塞がらない。これでは報道を名乗る資格などないと断言しておきたい。
書き出しからして、記事の目的が、市役所擁護にあることが分かる。
九州最大の繁華街・天神に近接する認可保育所「中央保育園」 (福岡市中央区今泉)の移転計画が頓挫した。福岡市は待機児童ゼロを目指し、近隣に移転させ、定員を倍増させる方針だが、移転先近くにラブホテルなどがあるとして園児の保護者らが猛反対しているからだ。とはいえ都心で他の移転先を見つけるのは至難の業。認可保育所の空きを待つ「働く母親」からは怨嗟(えん さ)の声が漏れる。
《都心で他の移転先を見つけるのは至難の業》としているが、この記者が実際に歩いて、周辺地権者の意見を聞いたわけではあるまい。市側の「探したけど、土地が見つからなかった」という主張を鵜呑みにし、何の検証もなくパソコンのキーボードを叩いただけのことだ。
市は、6カ所の移転地候補を挙げながら、いずれの土地の所有権者にも意思確認を行っていなかったことが分かっている。売ってもらえるかどうかの打診さえしていないのに、「探した」「努力した」と言えるのか。《至難の業》である証明など、どこにもなされていないことを、産経の記者は認識すべきである。
事実上の誹謗中傷
リードでは、《「働く母親」からは怨嗟(えん さ)の声が漏れる》とした上で、この後の記事には次のような記述が続く。
それだけに認可外保育所に子供を預ける保護者は反対運動に眉をひそめる。天神の認可外保育所に子供2人を預ける女性会社員(29)は「家計のためにまだま だ働かないといけないけど2人で9万円弱の保育料の負担は楽じゃない。認可保育所なら半額で済むので増員してもらえたらありがたいです。いまの保育所近くにもラブホテルはありますが、こんな都心でそんなこと気にしてられないです。それが嫌だなんて正直言ってぜいたくですよ」と打ち明けた。
これではまるで、移転反対を唱える在園児の保護者やそれに賛同する市民が悪者である。形を変えた誹謗中傷と言っても過言ではない。しかも、保護者らの主張は完全に歪められてしまっている。なぜか最大の問題である「避難経路」の問題には一切触れていないのだ。
働くお母さんの声を借りてはいるが、この記事の狙いは、中央保育園の問題を“ラブホテル街での建設”という一点に矮小化し、市側を助けることにあったと見るべきだろう。
産経にコメントを寄せた女性も、「避難経路」の不備について知っていれば、《反対運動に眉をひそめる》ことなどなかったのではないだろうか。子どもの命を危険にさらしてまで、保育を頼むバカな親がいるとは思えない。
記事を読む限り、産経の記者が、避難経路の問題や不透明な土地取得過程についての検証材料を持っていたとは思えない。あればここまで一方的に市側の主張を補強するような記事は書けないはずだ。もし、すべて承知でこの記事を書いたのなら、よほど恥知らずの記者だったということになる。ちなみにHUNTERは、こうした権力側に寄り添う記者を「ポチ」と呼んでいる。
産経の記事の最後は、こう締めくくっている。
福岡市も保育所新設や増築による来年4月までの「待機児童ゼロ」を目指すが、中央保育園の移転が頓挫するようでは、その道は遠く険しい。
ぜひ産経新聞に答えてもらいたい。
福岡市は、在園児保護者らの反対の声を無視して、きょう6時半から「保護者説明会』を強行、中央突破を図る構えだ。