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「改憲」煽る読売新聞 お粗末検証と橋下徹の共通性

2013年6月10日 10:20

読売新聞 誤報だらけの読売新聞が、憲法96条の先行改正をめぐる憲法学者や他紙の主張を、「事実誤認」であるとする検証記事を掲載した。
 改憲を社是とする同紙が、参院選を前に96条の先行改正に批判的な世論を変えようと焦った結果だろうが、肝心の検証自体が、目を覆いたくなるようなお粗末な内容。読売のレベルの低さを世界中に発信した形だ。
 記事を読むうち、一連の慰安婦発言で国内だけでなく国際社会からも顰蹙を買った橋下徹・日本維新の会共同代表と共通するものがあることに気付いた。牽強付会、議論のすり替え、そして国民を卑下する姿勢である。

改憲まっしぐら―低レベルの検証記事
 今月7日の読売新聞朝刊。1面の左肩に《憲法考 参院選へ「96条」再び活気》との見出し。わざわざ96条を「 」で囲み、記事の内容を明確化させている。しかし、96条をめぐる議論が、にわかに活発になっているとは思えない。違和感を覚えながら新聞をめくっていくと、4面に安倍首相が依然として96条の先行改正を狙う姿勢を崩していないことを大きく紹介。驚いたことに、12面と13面をぶち抜きで使い、大々的に日本国憲法の改正要件が厳しすぎるという主張を展開していた。

 「基礎からわかる憲法96条改正」の【特別面】となっている12・13両面、見出しを拾ってみるだけで、特集の方向性が明らかになる。
 まず憲法見直し論について「民主もかつては言及」。次いで「改正の難易度 世界有数」。改正の前提となる「国民投票」に関する諸外国の事例を紹介したところは最低で、記事の見出しが「国民投票は当たり前? 「必ず実施」少数派」。国民投票などムダだといわんばかりの見せ方だ。

 とりわけひどかったのは、13面の記事。「護憲派主張 誤認多く」と見出しをつけた上で、主として憲法学者や他の全国紙の96条先行改正に対する批判的な意見について、『五つの批判検証』として反証を試みたものだ。下の写真は、その紙面である。

五つの批判検証

 『批判1』では、96条と米国、フランス、韓国の憲法改正規定を比較した他紙のコラムを批判。米国では上・下両院の「3分の2」(あるいは全州の3分の2の議会の請求)が発議要件で、日本と同じ厳しさであるにもかかわらず、その後の承認における手順を比較して、都合の良い話にすり替えている。

 日本の場合、改正への発議が実現した後、承認のために国民投票による過半数の賛成が必要となる。一方、米国では「50の州の4分の3の賛成」で発議された修正案が承認される。
 そこで読売は、わざわざ日本の47都道府県を米国50州に置き換えて、36以上の都道府県の議会が承認すれば憲法改正は容易、だから米国の改憲へのハードルが高いわけではないと主張する。検証記事のリードにある「数字のマジック」だと言いたいのだろう。

 しかし、現在問題になっているのは「発議要件」であって、その後の承認の話ではないはずだ。加えて、読売が批判の対象とした“全国紙の専門編集委員のコラム”の記述を含めて、他国の例を引いた主張の大半は、「日本国憲法改正のハードルは高くない」などと言っているわけではない。“日本も厳しいが他国も厳しい”、それだけのことだ。

 『批判1』ではさらに、改憲発議に必要な衆・参それぞれのの3分の2という数を「67%」とパーセンテージで表示し、フランスは5分の3で「60%」だから日本の方が厳しいと強弁。韓国については、一院制だから、二院制の日本の方がハードルが高いと断じている。小学生レベルにも達しない、乱暴かつお粗末な検証手法である。

 続く『批判2』では、憲法学者へのインタビュー記事にあった「クーデター」という一語を切り取り、他国の例を挙げて論破(論破できているとは思えないが・・・)。『批判3』では憲法と法律を同一に扱うことへの警鐘を批判し、『批判4』においては、憲法のどの条文を変えるために発議要件を緩和させるのか、というもっともな野党の説について、「日本国憲法改正草案」があるじゃないか、と自民党をヨイショしてみせている。

他紙のコラムに的外れの批判
 そして、この検証記事のお粗末さと、読売新聞の本質を最もよく表しているのが下の写真にある『批判5』の一節である。見出しは『国民を信じ過ぎるな』。

国民を信じ過ぎるな

 これまた他の「全国紙」の論説委員が書いたコラムの記述を引き合いに出している。じつはこのコラム、「国民を信じ過ぎるな」などという陳腐な主張をしていたわけではない。その一節をここで紹介させていただく。読売の書きぶりとはずいぶん違っていることがハッキリするだろう。

 憲法は国民を縛るものではなく、国家権力の乱用を抑えるためにあると先々週書いた。一般の法律が国民の基本的人権を侵していないかどうか、歯止めをかけるのも憲法だ。あらゆる法律の上位にあるべき憲法が一般の法律とほぼ同じ扱いで改正できるようになるのは、やはり危険であり、「大半の党派が納得したうえで改正する」という意味で、今の「3分の2」は妥当だと考える。

 安倍晋三首相は「3分の1をちょっと超える国会議員が反対すれば、国民が指一本触れられないのはおかしい」「憲法を国民の手に取り戻す」という。「なるほど、その通り」と思う人も多いかもしれない。

 でも、私も、私たちメディアも、そして国民も往々にして判断を間違えるのである。批判を受けるのを覚悟して言えば、国民を信じ過ぎてもいけないのだと私は思う

 選挙でナチス党を大躍進させた戦前のドイツ国民の例を出すまでもないだろう。一時的な熱狂を排して冷静に判断するのが国民の代表たる国会議員であり、それが代議制の大きな役割だ。それに、そもそも国民の意見を直接聞くこと、例えば住民投票に自民党はこれまでそんなに熱心だったろうか。「国民の手に」というのは改憲=自主憲法制定をたやすくするため、後からつけた理屈ではなかろうか。

 まして96条改正を先行させるというのは邪道である。手続きではなく、どこの条項をどう変えたいのか、優先するのは何か、具体的にきちんと説明するのが先だと思う。

(毎日新聞 5月1日配信のコラムより)

橋下徹と同レベル 
 『批判5』の最大の問題は、他紙のコラムの一部を勝手に解釈して批判する道具として、橋下徹・日本維新の会共同代表の発言を引用したことだ。
 橋下氏をめぐっては、一連の慰安婦・風俗発言に対し、国内・外から厳しい批判が出ており、この政治家の言説を信用する人間が数多くいるとは思えない。使えるものは何でも使おうという程度の検証手法だったようだ。
 
 いまさら言うまでもないが、橋下氏の政治手法は、原発や増税に反対した時のように、世論に迎合して勇ましいことを言うか、“オスプレイの訓練を八尾空港で”と言い出したことに象徴されるように、反発覚悟であえて問題提起し、世論の注目を集めるかのどちらかに尽きる。

 しょせんは選挙目当てのタレント政治家なのだが、慰安婦発言で日本の国際的な信用を失墜させた張本人でもある。読売は、もっとも国民をバカにした政治家の言葉が、本気で補強材料になると思っているのだろうか。だとしたら、この新聞も橋下氏と同程度のレベルでしかない。つまりは国民を卑下しているということだ。

 昨年来、「誤報」に関しては読売新聞の独走状態だ。昨年7月、福岡県警がらみの記事で誤報。10月には、「iPS心筋」の臨床応用をめぐる世紀の大誤報。いずれも裏付け取材を怠った結果だが、「懲りない体質」で済まされるような、軽い問題ではない。

 同紙は、誤報のたびに社内で処分を行ない、誤報に至った経緯を検証した結果を掲載してきたが、そもそもその「検証」なるものが、信頼性に欠けるものだったことが分かっている。詳細は明日の配信記事で明らかにする。



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