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自民党の憲法改正草案を知っていますか?

2013年5月 7日 09:00

自民党本部 3日の憲法記念日、改憲・護憲それぞれを主張する人たちの集会が全国各地で開かれた。例年になく熱い祝日だったのは、夏の参院選で、否応なく憲法改正の是非が問われるからに他ならない。残念ながら、憲法96条の改正に向けて前のめりとなる安倍首相が思い描く「美しい国」とは、権力でしばられた全体主義国家であり、そのことは昨年春に公表された自民党の改正憲法案が如実に示している。
 国益(自民党案では『公益』)の前には国民個々の権利など無い、と言わんばかりの自民党案とは・・・・・。

強調される「公益及び公の秩序」
日本国憲法改正草案 自民党は昨年4月、平成17年の同党改正案に修正を加える形で「日本国憲法改正草案」を公表した。安倍政権が目指す96条の改正が実現すれば、次に来るのがこの自民党の憲法案である。
 結論から述べれば「個」より「公」を重視し、お上が国民を縛る内容。現行憲法が持つ権力の独走に歯止めをかけるという思想はどこにも見当たらない。頻繁に使われているのが、『公共の福祉』に取って代わった『公益及び公の秩序』という表現だ。分かりやすい実例が、4つもある。

【12条】
現行憲法:この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力よつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
自民党案: この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。
【13条】
現行憲法:すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
自民党案:全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。
【21条】
現行憲法:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
自民党案:集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、保障する。
2 前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。
【29条】
現行憲法:財産権は、これを侵してはならない。 2 財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。 3 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
自民党案:財産権は、保障する。
2 財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。この場合において、知的財産権については、国民の知的創造力の向上に資するように配慮しなければならない。
3 私有財産は、正当な補償の下に、公共のために用いることができる。

 現行憲法の12条・13条・22条・29条に規定された「公共の福祉」という概念は、社会全体の公平性を保つための原理として用いられている。換言すれば調和が保たれた社会全体の利益とでも言うべきものだ。自民党が唱える「公益」や「公の秩序」は、明らかに「国家」が軸にあっての言葉で、まったく次元が違う。ことさら『公益及び公の秩序』を強調しているのは、国家あっての個人であることを知らしめようという自民党らしい狙いがあるからだろう。同党の憲法案を理解しようと思えば、「公益」を「国益」と読み替えた方が分かりやすい。つまりは国家至上主義に基づく憲法改正ということだ。

的外れの押し付け憲法論
 安倍首相をはじめ憲法改正を訴える人々は、現行憲法が占領軍に押し付けられたもので、自主的に作られたものではないと主張する。だが、聖徳太子の十七条憲法このかた、国民が自主的に制定した憲法など存在しない。

 明治憲法(大日本帝国憲法)は、欽定憲法―すなわち天皇が臣民に与えた憲法であり、憲法発布勅語にはこうある。《朕カ祖宗ニ承クルノ大権ニ依リ現在及将来ノ臣民ニ対シ此ノ不磨ノ大典ヲ宣布ス》。
 そして現行憲法は、明治憲法の第73条にある改正手続きに従って公布、施行されたものだ。
《将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ
2 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノニ以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス》

 改憲派は、現行憲法が占領軍の押し付けだというが、明治憲法の定めた手続きを経て改正されており、いきなり降ってきたものではない。
 大切なのは、過程ではなく内容だろう。少なくとも現行憲法が、この国に平和と安定をもたらしたことは事実で、だからこそ現在の程度の低い政治でも国が成り立っているのである。自主憲法ではないからダメだという主張は、国粋主義の上に立った的外れな意見に過ぎない。

ズタズタにされる三つの柱 
 さしずめ今度は、自民党と読売新聞あたりが国民に新しい憲法を与えてやろうということらしいが、日本国憲法が世界に誇る「国民主権」、「基本的人権の尊重」、「平和主義」という三つの柱をズタズタにした自民党の憲法案を読んで、賛同する国民が多数を占めるとは思えない。

 例えば「国民主権」。自民党案の第1条では、天皇をわざわざ《日本国の元首》と規定しており、明らかに国民主権の考え方と矛盾する。

 「基本的人権の尊重」についても後退している。現行憲法が《国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない》としているのに対し、自民党案では《国民は、全ての基本的人権を享有する》。享有することは認めているが、『妨げられない』とは言っていないのだ。

 改憲派最大の狙いである憲法9条の改正で、「平和主義」が崩れ去ることはいまさら言うまでもあるまい。自民党の高村正彦副総裁は、「9条の2項は、削除する必要がある」と明言しており、これが安倍氏や同党の最終目標であることは明らかだ。

 9条の2項とは、《前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない》。自民党案だと、次のようになる。《前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない》。

 さらに、大幅に加えられたのが次の規定である。

我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

 5の条文にある国防軍に置かれる審判所が「軍法会議」であることは言うまでもない。国防軍、統制、軍法会議といった文言が想起させるのは、「戦前」の二文字である。

 言いたいことはまだある。「思想及び良心の自由」についての19条は見るも無残な形となる。

現行憲法:思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
自民党案:思想及び良心の自由は、保障する。

 保障するのが自民党なのか国家なのか分からないが、保障はするが「侵してはならない」とは書かれていないのだ。国家が第一で、思想及び良心の自由など二の次だといわんばかりの改正案である。果たして、これほど「国家」を全面に押し出した自民党の改憲案を、国民が認めるのだろうか?

前文を比べてみると
 自民党案の幼稚さは、憲法の前文を見比べてみれば分かる。

【日本国憲法前文】
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に 除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

【自民党案】
 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。
 我が国は、先の大戦による荒廃や幾多の大災害を乗り越えて発展し、今や国際社会において重要な地位を占めており、平和主義の下、諸外国との友好関係を増進し、世界の平和と繁栄に貢献する。
 日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。
我々は、自由と規律を重んじ、美しい国土と自然環境を守りつつ、教育や科学技術を振興し、活力ある経済活動を通じて国を成長させる。
 日本国民は、良き伝統と我々の国家を末永く子孫に継承するため、ここに、この憲法を制定する。

 今夏の参院選で、憲法96条の改正を公約に掲げるという安倍自民党。改めて、狙いがどこにあるのか、しっかりと見極める必要があろう。自民党案に、国民の心を揺さぶるだけの力があるとは思えないが・・・・・。


*お詫びと訂正
 5月1日に配信しました「安倍晋三 目指すは全体主義国家」の中で、『安倍』を『安部』と表記している箇所がありました。正しくは『安倍』です。お詫びして訂正いたします。



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