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核のごみ最終処分場誘致 黒幕は「東京電力」
~鹿児島・南大隅町長収賄疑惑に新展開~

2013年3月 6日 09:15

 高レベル放射性廃棄物の最終処分場誘致にからみ、現職の森田俊彦町長(53)が電力業界の関係者と見られる会社社長と親密な関係を続け、モーターボートを譲り受けていたことが判明した鹿児島県肝属郡南大隅町で、前町長、町議会議長、漁協組合長ら町の有力者が、問題の会社社長に処分場誘致を一任する文書を渡していたことが明らかになった。町長に就任する直前まで商工会長だった森田氏もこの中に含まれている。
 前町長は5日、HUNTERの取材に対し、文書の存在を認めた上で、問題の会社社長の背後に「東京電力」の存在があったことや飲食などの接待を受けたことまで証言した。
 正体不明の会社社長を軸にした“核のごみ”をめぐる疑惑が、現職町長から町の有力者にまで拡がり、黒幕として東電が浮上した形だ。
(写真は南大隅町役場)

疑惑の文書の存在認めた前町長―黒幕は「東電」
 疑惑拡大の発端は、森田町長の周辺取材を進める中、「平成19年か20年に、町の有力者がこぞって東電の代理人に念書を書いた、接待も受けている」という複数からの情報提供だった。平成19年といえば、南大隅町で町や町議会関係者らが「高レベル放射性廃棄物最終処分場」の誘致に動き、ニューモの人間を呼んで説明会を開いた時期。当時の町長は税所篤朗氏だった。

 5日、南大隅町内の自宅でHUNTERの取材に応じた税所前町長は、高レベル放射性廃棄物の最終処分場誘致を主導したのが、森田町長との親密な関係が明らかになった「オリエンタル商事」(東京都千代田区)の原幸一社長だったことを認めた上で、およそ次のように語った。

  • 平成19年に、ある方から高レベル放射性廃棄物の処分場について、話だけでも聞いてみないかという誘いを受けた。この問題をめぐっては、何人もの人がやりそこなっていたので最初は固辞したが、相手が相手だけに断りきれなかった。 
  • 話だけならと承諾したところ、直後に原さん(オリエンタル商事の原幸一社長)が青森県六ヶ所村の村長さんを連れて南大隅町役場に来た。原さんとはこの時が初対面だった。原さんのことは詳しくは知らない。本人は東電の役員みたいなことを言っていたし、紹介者が偉い人だったので、てっきりそうだとばかり思っていた。
  • 六ヶ所村の村長さんの話を聞き、最終処分場の安全性が分かったが、一番魅力だったのは、町に雇用が生まれるという点だった。よし、赤信号をみんなで渡ろう、ということになった。
  • その後、町議会の最終日だったと思うが、ニューモ(原子力発電環境整備機構)から3人来て、議会側も交えて勉強会をやった。この時も原さんが来ていた。以来、原さんはしょっちゅう役場に来ては議長室に入り浸りだった。役場側では私ではなく、助役が原さんに応対していた。だから議員も役場の職員も原さんのことはよく知っている。
  • その前後だったと思うが、原さんに放射性廃棄物の処分場に関する件のすべてをお任せするという内容の念書だったか、覚書だったかを書いた記憶がある。署名したと思う。あて先は東電ではなく原さん。だって、原さんに任せたんだから。たしか、助役が取りまとめをしていた。書付は、議長、商工会長(森田・現町長)、漁協の組合長が書いたと思う。
  • 町として処分場誘致を盛り上げるための受け皿を作ろうという話になり、当時商工会長だった森田町長が前面に出て旗振りをやった。私はもう脇役になっていた。
  • 受け入れ態勢ができたところで、原さんから東京電力の勝俣会長(当時)に会ってくれという依頼があった。たしか、勝俣さんが会長になってすぐの頃だった。わざわざ東京に行ったのではなく、公務出張中のところを、原さんが役場で私がどこにいるか聞き出し、東京に居るんなら勝俣会長のところへ行こうということで、引っ張っていかれた。
  • 同行したのは原さん。原さん以外の同行者は覚えていない。東電の会長室では、さすがの原さんも引き気味だった。勝俣会長には偉い政治家だってなかなか会えないんだと原さんが言っていた。町をあげて処分場を誘致しますという話をしたと思う。なぜニューモではなく、東電かと聞かれても私には分からない
  • 誘致に向けて盛り上がりを見せていた頃、議会側をともない、海上保安庁の船で佐多岬近くの処分場建設予定地の視察を行なった。その次には、原さんの大きなクルーザーでやはり同じようなメンバーで視察したことがある。
  • その後、処分場建設問題がもめて、誘致は失敗に終わった。勝俣会長に会ったことでは、知事(伊藤祐一郎鹿児島県知事)にも怒られた。
  • 町長を辞める直前の平成21年、私と商工会長、漁協の組合長、町議会議長の4人が、東京プリンスで原さんからご馳走になった。中華料理だったような記憶があるが、とにかくご馳走になった。

不可解な原氏への委任文書―疑惑拡大へ
 記憶をたどりながら、確認するように話す前町長だったが、原氏への委任文書の件や東電の勝俣会長(当時)に会った時のことは鮮明に覚えていた。

 今回の取材で存在が明らかになった文書は、オリエンタル商事社長の原幸一氏に、高レベル廃棄物最終処分場の誘致についてのすべてを任せるという内容だ。正体が分からぬ相手に対し、町長をはじめ町の有力者達が揃ってそうした文書を渡していたとすれば、もはやまともな誘致話であるはずがない。
 ただ、原氏が町長や町関係者に対し、自分の背後に控えているのが東京電力であることを強調し、税所前町長を当時の勝俣会長にまで引き会わせていたという事実は、原氏の後ろ盾が東電だったことを示している。“黒幕は東電で決まり”ということだ。

 勝俣恒久氏は平成20年2月、柏崎刈羽原圧の事故の責任を取り東電社長を辞任、代表取締役会長に就任していた。『勝俣さんが会長になってすぐの頃』に、東電の会長室で勝俣氏に引き合わされたとする税所前町長の話と符合する。

 任期終了間際だったとはいえ、処分場誘致を働きかけていた原氏から食事の接待を受けていた前町長や議長に、収賄の疑いが持たれる事態であることも間違いない。
 処分場が建設されれば巨額な補償金を手にする予定だった漁協の組合長が、この接待に同席していたことも見逃せない。町ぐるみの買収が行なわれていたと言っても過言ではない“核のごみ”をめぐる疑惑だが、不可解なのは原氏に対して出された委任文書の内容だ。なぜ、原氏に処分場誘致の一切を任せる文書が必要だったのか・・・?

 HUNTER取材陣は、その謎を解く鍵を握る人物との接触に成功。問題の文書についての経緯や、森田俊彦町長が就任後に東電を訪問していたことなど、一連の疑惑について核心に迫る証言を得た。以下、次稿で詳報する。



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