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身近にある「体罰」という名の暴力

2013年1月17日 08:55

 大阪市立桜宮高校の男子バスケットボール部主将が、47歳の男性顧問から暴行を受けたことが原因で自殺した。同校では他のスポーツ部でも体罰が行われていたという。
 ひとりの生徒の死が、「体罰」という名の暴力について広範な議論を呼ぶ形となっているが、今後、次から次へと体罰に関する報道が続く可能性もある。
 昨年は、平成23年10月に滋賀県大津市で起きた中学生の自殺の原因が、同級生のいじめによるものだったことが判明。改めて“いじめ”が社会問題化し、同様の事例が数多く報じられている。
 この国の社会の常で、ある事件がきっかけとなって報道が過熱するものの、その奥に潜む闇や問題点が十分に解明されぬまま、新たな事件・事故に話題が移っていってしまう。
 メディアが、いじめや体罰について、事件が起きる前にどれほどの問題提起をしてきたのか疑問だが、今回の件を一過性の騒ぎに終わらせないためにも、昨年HUNTERで報じた体罰の実態と問題点を再検証する。

部活動での体罰
 下は、HUNTERが福岡市教育委員会に情報公開請求して入手した、市内の中学校で起きた部活動における体罰事案(平成21年度、22年度)の概要を記した文書の一部である。

体罰.jpg

 事案の発生は平成22年。体罰を行ったのは女子バレーボール部の顧問を務めていた教員で、練習試合の結果が好ましくなかったためかキャプテンである3年生の生徒を平手で7回叩いたほか、他の2人の生徒にも手を上げている。さらに、翌日の練習試合中にもキャプテンの生徒ほか2名を平手打ちにしていたことが記されている。
 この教員による体罰は、保護者からと思われる市教委へのメールで発覚、市教委職員分限懲戒審議会の議論を経て、懲戒処分(戒告)が下されていた。

 桜宮高校のケースを彷彿とさせる事案だが、福岡市内の部活動に関わる体罰事案はこの1件だけではない。

バレー部.jpg

 平成22年に発生したこのケースは、バレー部の練習に遅れて参加した7名の部員に対し、顧問の男性教員が指導中、キャプテンだった生徒が意見したことから教員が暴力に及んだというもの。その後、生徒が過呼吸に陥り、救急搬送されたことで体罰が明るみに出ていた。
 経緯を見た限り、口頭での指導がうまくいかず、かっとなって手を出したという格好で、教育的な指導とは程遠い形だが、暴力を振るった教員は、懲戒ではなく「文書訓告」という軽い処分に終わっている。
 全国の小・中・高校で、スポーツの強化を目的とした体罰という名の暴力が横行している可能性は高い。

部活以外でも体罰が横行 
 もちろん、体罰は部活の場だけにとどまらない。HUNTERが市教委から入手した体罰事案に関する文書は平成21年度と22年度の2年間分で31件分。そのうち部活がらみは5件だった。残りはすべて教室を中心として起きた事案なのだ。

 桜宮高校の生徒が自殺した原因が部活動における体罰だったため、報道は部活にばかり焦点を絞っているが、じつは教育現場での体罰はそれ以外のところで起きたものの方が多い。

体罰ではなく“暴行”
 殴る、蹴る、頭突きとくれば暴力団抗争かと思われそうだが、残念ながらこうした言葉が並ぶのは、福岡市内の小・中学校が市教委に提出した「体罰」に関する事故報告書である。福岡市の小・中学校においても毎年、教員による暴力が数多く報告されており、事態は深刻だ。

ケース1《左ほほを足で押し倒し、立ち上がったBに対し、右の平手で頭を2回叩くなどの体罰をおこなった》(中学校。平成21年)

ケース2《態度が横柄であるとして、生徒Aに頭突きを1回した上、胸ぐらを掴み、背中から落ちるように投げるつもりで生徒Aに足払いをしたところ、生徒Aが頭から床に落ちる形となった。これにより、生徒Aは左眉並及び左頬周辺に打撲傷及び擦過傷を負った》(中学校。平成21年)

ケース3《生徒Aの頭を平手で5~6回叩き、脇腹付近を1回払うように蹴った》(中学校。平成21年)

ケース4《児童Aの左頬を右手の平で1回、右頬を左手の平で1回、計2回叩いた。児童Aは、左耳の鼓膜に3mm程度の穴、右耳の鼓膜に1mm程度の小さな穴が空くという怪我を負った》(小学校。平成21年) 

ケース5《生徒Aを廊下に出し、生徒Aの頭部を右手の平で3回叩き、髪を掴み、右膝で太ももを2回蹴って生徒Aを壁に押し付けた》(中学校。平成21年)

ケース6《生徒Aの左頬を右平手で1回叩き、生徒Bの胸を1回押した。その後、(中略)、生徒Aの臀部を左足首辺りで1回蹴り、生徒Bの頭を左手で1回叩いた》(中学校。平成22年)

 市教委がHUNTERの開示請求に応じた文書は、事故報告書やその後の関連文書にいたるまで黒塗り非開示の部分が大半で、細かい状況が伏せられてはいる。しかし断片的な記述から事実関係をたどると、以上のような教育的指導とは無縁の単なる“暴行”ばかりが目立つ。

 前述した通り、教室の中でも頻繁に子どもへの暴力が振るわれていることが分かる。

背景に処分の甘さ
 体罰が横行する背景に、体罰を行なった教員への処分の甘さが存在する。

 前掲した6つのケースにおいては、驚くべきことに、体罰を行った教員が、「文書訓告」や「口頭訓告」といった軽い処分で済まされていた。これらは地方公務員法に規定された「懲戒」処分ではなく、内規で定められた「服務上の措置」に過ぎない。

 福岡市教委が定めた「福岡市教育委員会職員懲戒処分の指針」によれば、懲戒処分に当たるのは次のような場合だけだ。

  • 「児童、生徒又は幼児(以下「児童等」という)に体罰を行なった教育職員は減給または戒告とする」
  • 「児童等に体罰を行ない、当該児童等を負傷させた教育職員は、停職、減給又は戒告とする」
  • 「児童等に体罰を行ない、当該児童等を死亡させ、又は重大な後遺症が遺る負傷を負わせた教育職員は、免職又は停職とする」

 こと体罰に関しては、子どもを死亡させるか重大な後遺症が残るような負傷を負わせた場合にしか「クビ」にならないのである。
 さらに、懲戒処分相当の体罰を行なったケースでも、体罰の様態や負傷の程度、過去の体罰暦、教育上の配慮の状況などを考慮して処分内容を決めると記されており、教員が子どもにケガを負わせても、心に傷を残そうとも、教育委員会側が情状酌量の余地を認めれば懲戒にはならないということになる。
 こうした教員処分の甘さや、一部で体罰を是としてきた風潮が、子どもたちの心に深い傷を負わせてきたことを認識すべきであろう。

野放しの暴行常習者
 暴力教師が野放しになっている現状にも問題がある。まず、福岡県教委に提出された県内のある中学校における事故の報告書に記された、ふたつの“暴行”の模様を確認しておきたい。

ケースA《右の平手で頬を3発叩き、髪を掴んで壁際に押し付けた後、投げ倒して馬乗りになった。その後、立たせ、・・(黒塗り非開示部分)・・再度、右の平手で頬を3発叩き、首を右腕で押さえながら投げ倒して馬乗りになった》(中学校。平成21年)

ケースB《憤慨して両肩を掴み教室に引き入れ、教室の入り口付近で両肩をひねるように倒し、床に右側に横倒しになった当該生徒の頭、顔、肩、背中を、中腰の体勢で右平手で10数回叩いた。・・(中略)・・。また、右足で左足のふとももあたりを2~3回足蹴りした》(中学校。平成22年)

 ケースAの暴力教師は、平成20年にも体罰を行ない、教育委員会と校長から注意を受けており、上記2度目の体罰で懲戒処分となっていた。1 年も経たぬうちに2度目の体罰を行なったことになるが、懲りないというより、より凶暴になっていると言った方が妥当だったようだ。

 ケースBも同様に、2度目の体罰行為で懲戒になった事例である。この教員は、平成15年にも、《憤慨し、生徒の胸倉をつかみ壁に押しつけたり、平手で顔を数回たたく体罰を行なった》として文書訓告になっていた。こちらも2度目がより凶暴になっているのが分かる。

 いずれのケースも、1回目の体罰に対する処分を「服務上の措置」で済ませてしまったことで暴力教師を野放しにする格好となり、より深刻な被害を招いた形となっていた。
 教員に限らず、公務員の身分は固く守られているのが現状で、体罰事案においては、たいていの場合が一回目は措置、二度目で懲戒という具合だ。
 大阪市立桜宮高校の男子バスケットボール部顧問も、過去に体罰による措置処分を受けていたとされ、こうした傾向は全国の教育現場で見られるという。

 重ねて述べるが、体罰とは単なる暴力行為に過ぎない。立派な刑法犯であり、大人の世界なら逮捕され、刑罰を下されるのが普通だ。教育現場の暴力だけが、“指導”の名のもとに許されていいはずがない。
 暴力を振るった教員はクビ。それくらいの覚悟で臨まなければ、犠牲者をなくすことはできない。

メディアの責任
 本稿の最後に、メディアの責任について述べておきたい。
 この国における大手メディアは、警察組織について、問題が発生した時にしか動かないとして批判を続けてきた。
 それでは自分達はどうか?これまで体罰やいじめについて、事件・事故の発生以前に大手メディアが問題提起をしたことがどれほどあっただろうか?

 さらに言うなら、昨年あれだけ社会問題化した“いじめ”について、その後も同様の事案を取り上げ、教育現場の闇に光をあてる努力を続けているのだろうか?
 寡聞のため、筆者はそうした報道を一向に知らないが、メディアに教育現場を検証する力がなくなっているのは確かだろう。

 教育現場で何か起きているのか、メディアも含めた社会全体が問題意識を持って検証を行い、改善に向けて不断の努力をしない限り、今回同様の事件は跡を絶たないだろう。
 次代を担う子ども達を守るのは、大人の責任だ。とくにメディアには、重い使命が課せられているはずだが・・・。



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