自民党総裁に返り咲いた安倍晋三氏。言わずと知れた世襲政治家であるが、数年前に自民、民主両党の中で真剣に議論され、それぞれのマニフェストにも明記されたはずの「世襲」が、相次ぐ長老議員の引退に伴う後継選びで横行する事態となっている。
地盤、看板、カバンがものを言う世界とはいえ、政界の人材難を自ら証明する愚行である。
それでは、世襲候補はどれほど恵まれているのか。病弱ながら偏狭な国粋主義者としか思えない主張を繰り返す安倍総裁の、世襲の軌跡をたどってみた。
世襲の横行
自民党では、引退を表明した福田康夫元首相(群馬4区)、中川秀直元幹事長(広島4区)、武部勤元幹事長(北海道12区)、大野功統元防衛長官(香川3区)の後継に、それぞれの子息が選ばれる見通しだ。公募の形をとってはいるが、いずれのケースも世襲であることに変わりはない。批判を受けた同党の石破幹事長は、公募に応じた候補者が一人だった場合、選挙区内の党員投票で選ぶと発表したものの、各県連サイドがこれに反発する始末。世襲候補は誰が何といっても選挙には強いのである。
引き継がれる“遺産”
選挙に必要なのは地盤、看板、カバンの「三バン」と言われてきた。選挙時に運動員となって自発的に動く強固な後援組織、知名度、そして政治資金を指す言葉だが、新人候補、とりわけ若い有能な人物には縁遠いものばかりだ。
ところが、同じ性をもつ現職議員の身内なら、なじみが深いせいもあって地盤の構築に苦労する必要がなくなる。後援会側もスンナリ受け入れることができる上、知名度アップに金と時間をかける必要もない。選挙区内での既得権益確保を狙う人たちは、当然のごとく世襲候補の擁立に走ってしまう。
こうした動きに拍車をかけるのが、現職が残した政治資金と金づるである。
総裁に返り咲いた安倍氏の家系をたどると、まさに一族で日本の戦後政治を担ってきた観がある。
祖父は岸信介元首相(母方)と元衆議院議員の安倍寛氏(父方)というふたりの政治家、叔父には佐藤栄作元首相、そして父が安倍晋太郎元外相である(いずれも故人)。現職参院議員の岸信夫氏は養子として岸家に迎えられており、晋三氏の実弟である。
地元山口県では、岸―佐藤という両元宰相の血を引いているというだけで、多大な恩恵を受けるのは事実だ。晋三氏は、地盤、看板の構築に苦労する必要がなかったというわけだ。
平成5年、晋三氏は、志半ばで病に倒れた亡父・安倍晋太郎元外相から地盤を引き継ぐと同時に、巨額の政治資金も“相続”する。故・晋太郎氏の政治団体が保有していた政治資金は7億円以上だったとも言われるが、すべてが晋三氏の政治活動を支えるために費やされてきた。
現在、確認できた晋三氏の関連政治団体とその主たる事務所、平成22年の収支の概要は、次の通りである。
このうち、亡父から引き継いだ政治団体は「山口晋友会」と「東京政経研究会」。もっとも保有金が多かった「東京政経研究会」は、故・晋太郎氏の政治団体「緑晋会」の名称を変更したものだ。この団体の変遷を、総務省に提出された同団体の異動届によって検証した。
巨額な資金 安易に相続
下の文書は、平成5年の継承時、緑晋会が当時の自治省(現・総務省)に提出した異動届に添付された「緑晋会趣意書」である。この紙切れ1枚で、億単位の政治資金が故・晋太郎氏から晋三氏に引き継がれた形となっていた。
緑晋会の「規約」の中では、同団体が支援する対象の記述が次のように変遷していた。
設立時、《安倍晋太郎氏の政治活動を支援するため》となっていた条文は、平成5年に代替わりすると同時に《故安倍晋太郎先生の政治信念を継承し・・・中略・・・その後継者として活動することになった安倍晋三君が立派な政治家となり、大成されるよう》に変更。次いで《衆議院議員安倍晋三》と変わっていた。
変わってきたのは支援対象だけではない。活動目的自体が大きく変貌しているのである。目的欄の記述は、次のように変更されてきている。
《本会は安倍晋太郎氏の政治活動を支援するとともに、内外の政治、経済問題に関する調査研究をおこなうことを目的とする》↓《本会は、元自由民主党幹事長 故安倍晋太郎先生の政治信念を継承し、これを基本に内外の政治・経済等の諸課題に対処して世界の平和と国政の進展を期する共に、その後継者として活動することになった安倍晋三君が立派な政治家となり、大成されるようその活動を支援することを目的とする》↓《本会は衆議院議員安倍晋三の政治活動を後援し、日本の国づくりを図ることを目的とする考えの下に集結したものである》
『調査研究』から『活動支援』へ、そして最後には『国づくりを図ること』へと活動目的自体がコロコロと変更されており、とても同一団体とは思えない。
平成9年には団体の名称を緑晋会から「東京政経研究会」に変更し、同22年9月には前出「山口晋友会」ともども、主たる事務所を東京都内から山口県内に変更していた。下は最新の規約である。
ザル法と言われてきた政治資金規正法だが、支援対象や目的が変わっても、なんなく巨額の政治資金が“相続”できてしまう現状には疑問がつきまとう。政治団体が非課税であることも見過ごしてはならない。
かつて晋三氏が引き継いだ巨額な政治資金が、相続税法上の課税対象資産ではないかと疑われたのは当然であろう。
安部氏の危うさ
亡父の遺志を継ぎ、いったんは総理・総裁の座に上りつめた晋三氏が、再び総理を目指すという。平成22年末の時点では、5億円以上あったとされる東京政経研究会(旧・緑晋会)の繰越金が約2億5,000万円まで減ってはいるが、遺産はまだまだ残っており、地盤も強固。選挙区で悪戦苦闘する必要など一切なく、国のことだけ考えていればよいという恵まれた環境だ。
しかし、この世襲政治家は、自分の弱さを糊塗するためか、危険な国家を志向したがる。憲法改正、靖国参拝、対中・韓に対する強硬姿勢・・・。ことさらアジア諸国の神経を逆なでする行為や考え方が、本当に彼の言う「国益を守る」ということにつながるとは思えない。
世襲の弊害が指摘されて久しいが、当の政治家たちは有権者の厳しい視線などお構いなしだ。この国の政治に新しい風を期待するのは無理なのだろうか。