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「国益」とエセ愛国者

2012年9月21日 11:55

 尖閣、竹島をめぐる領土問題の勃発で、「国益」についての議論が展開される一方、財界トップが揃って会見し「原発をゼロにすると国益を損なう」と主張した。
 資源の確保という観点から見れば、たしかに領土の範囲が国益に直結するのは事実だ。国内のエネルギー政策が、将来の国の形を左右することもまた然りである。
 しかし、国益を守るための方策が語られる時、幅を利かせているのは「国民の犠牲」を前提にした愚かな意見ばかりだ。
 持論や村社会を守るための愚策を「国益」に結びつける風潮に異を唱えておきたい。

エセ愛国者の跳梁跋扈
 尖閣問題に火をつけたのは石原慎太郎東京都知事である。尖閣が日本の領土であることを示すために「都が買い取る」と言い出したのだろうが、その結果が現在の日中間の緊張状態なのだ。
 中国国内の常軌を逸した暴力や破壊は決して許されるものではなく、「愛国無罪」などという勝手な言い草が法治国家を否定する暴論であることも疑う余地はない。
 だが、一定の影響力を持った日本の政治家の言動が、結果的に在留邦人の生命・財産を危険にさらしているのも事実だ。この状況で、中国を「シナ」と呼び、ことさら隣国を刺激する発言を繰り返すことが「国益」にかなっているのだろうか。

 領土問題に関しては、“エセ愛国者”が跳梁跋扈する現実にもうんざりだ。
 先日、ナントカ委員会とかいうテレビの討論番組に、軍事ジャーナリスト(名前は失念した)と称する人物が出演し、尖閣や竹島、北方4島について勇ましい発言を続けていた。
 ところが、領土問題の本質に迫るどころか「日本人は戦争する覚悟を持て」と言い出したのには驚きを通り越して怒りが込み上げてきてしまった。
 政治家の無能を批判するのは一向に構わないが、現在の事態を招いたのが国民に戦争をする気概がなくなったためだという軍事ジャーナリスト(というよりオタク)の主張は、かつてこの国を敗戦に導いた愚かな戦争指導者たちと同じ考え方だ。飛躍した論理は、中国における「愛国無罪」と何も変わらない。
 領土問題に絡めて、こうした極端な主張を展開する輩は、愛国者の仮面の下に別の顔を持っていると見た方がいい。つまりエセ愛国者ということだ。

 エセ愛国者たちが、この国の国民に塗炭の苦しみを強いてから100年も経っていないにもかかわらず、公共の電波を通じてかかる暴論が垂れ流されることを国際社会が評価するとは思えない。

 国民の犠牲を前提に主張を展開する人間に、国益や愛国心を論じる資格はない。無責任な暴論が拡がってしまえば、この国全体の常識が問われるということを忘れてはなるまい。

財界のエセ愛国者
 ところで、別の意味でのエセ愛国者が、エネルギー分野でも発言力を増している。

 19日、野田政権が、2030年代に「原発稼働ゼロ」を目指すとしていた「革新的エネルギー・環境戦略」の閣議決定を見送った。代わりに出てきたのは「戦略を踏まえて関係自治体や国際社会と責任ある議論を行い、不断の検証と見直しを行う」というわけの分からない方針。事実上の原発ゼロ方針撤回だが、政権に方針転換を決断させたのは、前日18日の経済3団体トップによる共同記者会見だったと見られている。

 問題の会見に臨んだのは、日本経団連の米倉弘昌会長、経済同友会の長谷川閑史代表幹事、岡村正・日本商工会議所会頭の経済3団体トップで、野田政権の原発ゼロ方針に真っ向から反対する意向を表明した。米倉経団連会長は、「原発ゼロ方針は国益を損なう」とまで言い切っている。

 3人の財界トップは、国内産業の空洞化だの米国との関係悪化だのと、反対の理由をいくつも並べていたが、要は原子力ムラを中心とする財界主流が、原発をなくすことに猛反対しているだけのことだ。彼らの主張で優先されているのは「企業の利益」であって、決して国益ではない。そうした意味で、財界首脳はエセ愛国者なのである。

 会見に出席した3人のうち、岡村正・日本商工会議所会頭は、原子力プラントメーカーである東芝の出身。いうならば原子力ムラの首脳でもある。福島第一原発の事故を経験した我が国で、当事者企業の人間が原発に関する国の方針に口出しする資格があるとは思えない。

 そもそも、企業の収益だけを優先する方々が「国益」を論じること自体滑稽なのであり、原発推進に「国益」を持ち出したところは、児戯に等しい。

「国益」とは?
 「国益」とは、権力者や一部の企業ではなく、国民全体にもたらされる利益を指すはずだ。国民あっての国家である以上、当たり前の理屈である。
 その国民を戦争に駆り立てる行為が国益につながるはずはない。前述したエセ愛国者の勇ましいだけの主張は、国益を損なうだけの話なのだ。

 同様に、大企業が儲かれば国が栄えるかのごとき財界首脳の言動も、国益には合致しない。
 原発の事故が放射性物質で汚染された国土ももたらすことは、福島第一の事故後の現実が如実に示している。国民に苦しみを与える原発をなくすことが、なぜ国益に反するのだろう。
 財界首脳の脅しに乗った野田政権も情けないが、公然と原発推進を表明した財界の在り方は、もはや国益を損なう元凶と言っても過言ではあるまい。

 いまこの国に求められているのは、いくさへの心構えや原発を守る屁理屈を考えることではなく、信頼を失った政治や行政、さらには悪化した経済を立て直し、国の未来を切り拓くための具体策を提示して広範な議論を行うことである。
 歪んだ社会のままでは、まともな国益が得られるはずもない。



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