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求められる教育現場の情報公開
そこにある“いじめ” (下)

2012年9月19日 09:30

20120914_h01-01t.jpg いじめの実態について、社会全体がどれほど情報を共有できているのか疑問だ。例えば、福岡市民は市内の教育現場で起きているいじめについて、その内容を知らされることは少ない。
 これは福岡に限ったことではなく、大抵は、表面化してから初めて身近ないじめの現実に驚くのが実情だ。
 いじめの件数が多いか少ないかを公表しているだけでは、社会全体でいじめに対処することは難しい。個人情報の保護という前提と折り合いをつけながら、教育現場で起きている事象について積極的な情報開示を行うことも必要だろう。
 そうした観点から、福岡市内の市立小・中学校から同市教育委員会に提出されたいじめの事故報告書を検証する。

1枚の報告書から
 前稿で紹介した加害者25人による中学校でのいじめ。この1枚の事故報告書からは、いくつかの問題点が浮かび上がる。記述に沿って考えてみたい。

いじめに関する事故について(報告)

 問題のいじめは、被害者生徒の母親が学校に連絡して発覚したものだが、この時点で生徒自身は教室への登校を嫌がったようで「心の教室」で事情を聞くよう指示したとある(参照)。
 現在、各市立中学にはスクールカウンセラーが配置されており、生徒からの相談を受ける部屋を学校によって「心の教室」あるいは「相談室」などと呼称しているのだという。
 いじめを受けた被害生徒が精神的に相当なダメージを受けていたことは確かで、次に続く記述から事案がいかに深刻なものだったかが明らかとなる。
 いじめ発覚から2日後に学年全体へのアンケート調査を行ったことが記されているが(参照)、この結果、当該生徒へのいじめが小学校から続いていたことが判明していたのである。

 アンケート調査がいじめの実態解明に一定の役割を果たした点は評価できるが、長期にわたっていじめが続いていたことは、小学校時代のいじめが見逃されたか、あるいは認知されながらも改善に至らなかったことを示しており、いじめ根絶の難しさを物語っている。

 被害生徒は長期間、しかも多人数からいじめを受けていたわけで、母親にいじめを打ち明けていなかったとすれば、事態はより悪化していた可能性が高い。報告書によれば、学級生徒から被害生徒に謝罪の手紙が届けられ(参照)授業に復帰したことが記されているが、心の傷が癒えるまでに、いじめを受け続けた期間以上の時間を要することは言うまでもない。

見逃される長期間のいじめ
 このケースに限らず、長期にわたるいじめの事例は少なくなかった。
 下は、別の小・中学校が、それぞれ市教委に提出したいじめ事故報告書の一部だが、最初の報告書には1学期から3学期までいじめが続いていたことが明記されている。
 また次の報告書には、発覚まで1年2ヶ月もの間、いじめが行われていたことが分かる。しかも、両ケースとも1人の子どもを多数でいじめるという悪質なパターンである。

学年・氏名・性別 ほか

点線

事故発生の場所 ほか

 この他にも、数ヶ月間続いたいじめの例などが複数存在したが、長期に及ぶいじめが発見されないのはなぜか、より深く議論する必要があるだろう。
 指導する側の教員の数が不足していることや、いじめが陰湿化していることなどが原因として挙げられるが、教育現場だけでなく、家庭や地域社会がより注意深く見守る態勢を作り上げない限り、陰湿ないじめを発見することはできない。

 市内のある公立高校の生徒は、中学時代のいじめについて次のように話してくれた。
「いじめがあるのは知っていたけど、先生に話す人はいなかった。一番は、先生にチクると自分がいじめられると思っちゃうこと。やっぱり怖いと感じる。勇気を持てと言われるけど、いじめが始まれば大人に話すことさえできなくなることの方が多いよ。いじめられたことのない人には理解できないかのかもしれない」

 子ども達だけに“勇気を持て”と言い続けることに、限界があるのは確かだ。いじめがより悪質になっていることを考えれば、社会全体で子ども達を見守る仕組みが必要ではないだろうか。

アンケート調査の有効性
 前述したように、いじめに関するアンケート調査がいじめ発見に一定の役割を果たしているのは事実で、次のような報告書の事例もあった。

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 別のいじめを把握したことから行ったアンケートで、さらに異なるいじめの事例が発見されたケースである。
 アンケートの取り方には工夫が必要とされるが、いじめを見つけるきっかけになるのは間違いなく、より積極的な活用が望まれる。ただし、滋賀県大津市の中学や市教委のようにアンケート結果を隠蔽してしまえば何の意味もなくなることを忘れてはならない。
 九州では鹿児島県出水市の市教委が、昨年9月に自殺した女子中学生のいじめに関するアンケート結果の公表を拒んだままとなっており、大津市同様の隠蔽体質が問題視されている。
 少なくとも自殺の原因としていじめが想定される場合は、積極的な情報開示が必要であり、それなくしていじめを根絶することはできないということを社会全体で認識する必要がある。
 
 一方、学校によっては対応に疑問を覚えるケースもある。下の報告書は福岡市内の小学校から提出されたいじめ事故報告書であるが、これは前掲した1年2ヶ月にわたる長期のいじめに対応した折の経過を記したものだ。

gennpatu 18644107401.jpg

 いじめの実態を把握するために選択されたのは「作文」を書かせることだったが、1度目に児童に書かせた作文では《具体的な事実関係について把握できなかった》という結果に終わっている。

 しかし、次善の策がまたしても「作文」となっており、同じ手法を繰り返したことの理由は判然としない。この報告書には、どの時点でいじめの実態を把握したのかが記されておらず、いじめを受けた児童へ加害者児童が謝罪したという結論だけが残された形だ。
 作文がどのような形式のものだったのか分からないが、工夫されたアンケートなら、より確実にいじめの状況を把握できたのではないかという疑問が残った。

求められる経過の公表
 もうひとつ、このいじめ事故報告書には気になる点がある。
 このケースでは、いじめの発覚から同じクラスの生徒たちによる謝罪の手紙提出まで9日間だったことが分かるが、長期の、しかも大勢によるいじめがこの程度の短期間で解決するのだろうか。加害生徒25人の反省の姿勢はどこにも記されておらず、報告書の記述に不足があるのは明らかだ。

 じつは、市教委に提出されたいじめ事故報告書の多くは、一時的ないじめに関するものの方が多い。こうしたケースは、いじめの加害者側に指導した結果、いじめた相手に謝罪して解決というものばかりだ。
 中には指導後に再びいじめが発覚したというケースも散見されたが、大抵はいじめた子どもや親が謝罪して終わりという形で決着している。本当だろうか?

 いじめ発覚から解決までを急ぐ学校の姿勢を非難するつもりは毛頭なく、教育現場の努力には敬意を表したいが、いじめを行った子どもや、見てみぬ振りをしていた周囲の子ども達の意識がどのように変わったのか、という記述は抜け落ちている。
 学校や市教委の指導の結果、いじめに対する子どもたちの認識がいかなる変化を見せたのかを記録し、一定の範囲で公表することも必要ではないのだろうか。
 いじめを原因とする自殺はもちろん、いじめそのものを減らす一助にはなるはずだ。 

 報告書の記述のすべてが円満解決で終わっているわけではない。いじめられた子どもに対する心のケアや、いじめた側への指導が継続していることを示唆する内容のものも多く、いったん起きたいじめが、どれほど子ども達を苦しめるかを示している。
 いじめを社会全体で受け止め、解決策を見出していくためにも、教育現場における事案の情報公開が求められている。

大人の責任
 いじめをテーマにした議論でよく提起される問題がある。そもそもケンカや単なるトラブルといじめとは、どこで線引きするのか、そしてどの程度の段階で指導を行うのか?

 今年市内の中学を卒業した私立高校1年生の話である。「ただの口論が1人対3人だったのでいじめになっちゃったこともあった。あれはただの口げんか。でも1人の方がいじめられたと言えばいじめになるんでしょう?基準を教えて欲しい」。

 文部科学省は、いじめの定義について「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの」としている。
 「一定の人間関係のある者」とは、同じ学校、同じクラス、あるいは部活といった場を通じて日常的に接触している者を指しており、心理的、物理的な攻撃とは、身体に触れない強要や無視、嫌がらせ、そして直接的な暴行である。  
 福岡市教委の職員は「いやな目に遭った、と子どもが訴えればそれはいじめです」と話しているが、こどもの世界における出来事の線引きは難しい場合もある。

 いじめについての様々なケースを紹介していくことが、いじめの早期発見につながるのではないだろうか。
 子ども達はもちろん、社会全体でいじめに関する情報を共有することが求められており、そのためにもいじめに関する積極的な情報公開が必要なのである。

 福岡市ではいじめが原因で起きた自殺の事例は報告されていない。市教委や現場の先生方の努力は評価されるべきだろう。
 しかし、氷山の一角(教員OBの話)とされるいじめ事故報告書からだけでも、十分にその危険性があることがうかがい知れる。
 繰り返されてきたいじめによる自殺をなくすのは、大人の責任である。



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