7月8日に投・開票される鹿児島県知事選挙に絡んで、鹿児島県庁が現職の伊藤祐一郎氏陣営に便宜供与を行っていた疑いが浮上した。
告示前に同陣営が配布していた後援会報および選挙に伴い公表された伊藤候補のマニフェストに使用された大量の写真を、県側が提供していたというもの。無償だった場合は、県が政治団体及び候補者本人へ写真またはデータを寄附した形となる。
公務員の政治活動への関与を禁止した地方公務員法や政治資金規正法に抵触するおそれがあるだけでなく、寄付行為に公益性を求めた地方自治法にも背く可能性が高い。いずれにせよ税金を使った公務の記録を政治利用したことに違いなく、選挙の公平性に疑問を生じさせる事態だ。
県職員撮影の写真 300枚近くを使用
伊藤氏の支援団体「いとう祐一郎後援会」が作成した後援会報は、『伊藤祐一郎知事8年間の歩み』と題する60ページを超えるカラーの印刷物で、使用された写真は290枚を超える。
一方、伊藤候補のマニフェストは37ページで、使用された写真は30枚ほど。こちらは伊藤氏の公式サイト上で確認することができる(リンク→)。
使用されている写真は、大半が知事の公務中の写真。従って撮影が可能だったのは県庁記者クラブ所属の記者か県職員に限られる。県職員なら撮影者は県総務部広報課か秘書課、または当該公務の担当課職員だ。
知事側に写真を渡したのは記者か県庁ということになるが、報道機関が取材対象の写真を報道以外の目的で譲渡することは考えられず、県庁による便宜供与と見て取材を続ける中で、事実関係が明らかとなった。
県関係者の証言
ことの発端は選挙取材だった。HUNTERは先月18日、取材のため訪れた伊藤陣営の事務所で、問題の後援会報を入手。会報は封筒に入れた状態で受付に山積みされており、自由に持ち帰ることができる状態だった。
取材に対応した後援会幹事に後援会報を示し、一般的に後援会活動で使用されるリーフレットや後援会入会申し込み書といった他の印刷物の有無について聞いたが、同幹事は「今回はこれ(問題の後援会報)だけしか作っていない。これだけを配るという知事の方針だ」と明言していた。
後援会報に掲載された写真は、明らかに県職員が撮影したとしか思えないものばかり。疑問を感じた記者が鹿児島県のホームページを確認したところ、県の広報が公式行事の紹介をしたページの写真と同一のものばかりであることが判明。さらに裏づけを取るため関係者への取材を続けていた。
その結果、29日までに得られた複数の県関係者の話はおおよそ次の通りだ。
・県職員と報道関係者しか立ち入ることのできないない公式行事の写真が数多く存在する。
・後援会報やマニフェストに掲載された写真のほとんどは県職員でなければ撮影できないアングルのものが多い。自分が現場に居た写真もある。
・後援会報にある「知事と語ろ会」には、記者が来ていなかったケースが多い。明らかに県職員が写したものだ。
・今年2月ないし3月に、県庁内部で「知事が写っている行事の写真」を集めた。
口つぐむ県と後援会
県の広報で使用された写真が後援会報やマニフェストに転用されていることや、県関係者の証言からも撮影者が県職員であることは間違いない。それどころか、県庁内部で知事が写っている公式行事の写真を集めたとの証言は、県庁が組織ぐるみで現職知事の支援に動いたことを示唆している。
同日、県広報課に事実関係を確認したところ、数時間置いての回答は「確認することができない」というものだった。知事の公式な記録が広報課の人間に確認できないはずはない。ことの重大性に気付いた県側が、逃げを打った形だ。
伊藤陣営で後援会報の発行責任者を務める人物に話を聞こうとしたが、「あなたにお答えすることは私はございません」(発言のとおり)。事実上の取材拒否である。。
問われる違法性
県が公式行事の記録を知事側に提供したことには、いくつかの法的な問題が生じる。
まず、県職員が、政治活動に使用されることを承知で写真を集めて提供した場合、政治資金規正法が禁止する地方公共団体の公務員による地位利用の寄附集め、あるいは「政治活動に関する寄附への関与」にあたる可能性が生じる。
同法が規定する寄附とは、《金銭、物品その他の財産上の利益の供与又は交付》であり、写真(もしくはそのデータ)は《物品その他の財産上の利益》に該当すると見られるからだ。
次に地方公務員法に照らしてこの問題をながめると、政治活動用に利用されることを知りながら写真を集め知事側に渡した行為は、明らかに「政治的行為の制限」を定めた同法の規定に抵触する疑いが濃い。
県庁内部では、年明けから知事の選挙支援の声が上がっていたとされ、写真集めはその一環だったとも考えられる。
さらに、県庁側の寄附は地方自治法の規定にも背くものだ。同法は、地方公共団体が行う「寄附又は補助」について《普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができる》と規定しているが、政治家個人の後援会活動やマニフェスト作りは、公益とはまったく無縁だからである。
肖像権無視―皇室、なでしこ、さらには子どもの写真も
後援会報やマニフェストに公務の記録である写真が転用されたことは、さらに大きな問題をはらんでいる。
例えば、平成19年11月8日に撮影された写真は、「全国伝統工芸品フェスタinかごしま」に高円宮妃殿下が来場された折のひとコマだが、この1葉が最初に掲載されたのは同年12月25日の県のホームページ上。そして、まったく同じ写真が後援会報とマニフェストの両方に転用されていた(注・マニフェストに記されたこの写真のキャプションには『全国芸術的工芸品フェスタinかごしま』と記されているが、実際は『全国伝統的工芸品フェスタinかごしま』が正解)。
県の広報で使用されるならまだしも、政治家個人の後援会報や選挙用印刷物への皇室利用が許されるとは思えない。
サッカーなでしこリーグの「INAC神戸レオネッサ」との歓迎レセプションにおける記念写真も、無断使用の可能性が高い。同チームや個々の選手に承諾を得たとは思われないからだ。
もっとも悪質なのは、小・中学校の子ども達の写真を使った点だ。
後援会報やマニフェストには知事と子ども達の写真が転用されているが、これらは政治利用を前提に撮影されたものではない。公的な記録への使用だからこそ許容されるもので、本人や家族の承諾もなく、子どもの写真が政治利用されていいはずがない。肖像権を軽んじた結果としか言いようのない状況だ。
公務の一環―原資は税金
公務上の写真を政治目的で使用することは、法的にも道義的にも許される行為ではない。重ねて述べるが、いずれの写真も鹿児島県が実施した公式行事の記録として残されたもので、知事の政治活動や選挙を目的としたものではないのだ。
転用された写真は、平成16年の新知事初登庁から今年春までの詳細な記録で、県職員が職務の一環として撮影したことは明らか。つまり、すべての原資は県民の税金ということになる。
写真の転用を認めた時点で、県が税金による政治活動もしくは選挙を容認したに等しく、「公共」を逸脱したと解されるのは当然だろう。選挙の公平性も著しく損なわれている。
県は、事実関係を調査したうえで、県民に対し釈明するべきではないだろうか。これは選挙とは別の問題である。