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僭越ながら:論

原発再稼働 「知る権利」奪った日テレ記者とその周辺
―ジャーナリズムの自殺―

2012年6月11日 10:05

DSCI0082.JPG 「知る権利」を背景に権力と対峙すべき大手メディアの記者が、原発再稼働という国家的課題についての首相会見で、国民から「知る権利」を奪った。

 8日、野田首相が会見を開き、関電・大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の再稼働を宣言した。国民へのメッセージとしては稀に見るお粗末な内容だったが、それ以上にひどかったのが会見場におけるメディアの対応である。

 かつて「神の国発言」で醜態を晒した官邸とそこにたむろする記者たちの体質は、何も変わっていない。

原発問題を軽んじた日テレ記者
 首相の空虚な演説が終わったあとの記者団との質疑。二番手で指名された日本テレビの記者が、思いもよらぬ言葉を発する。
「ま、原発も非常に重要ですけど、消費税関連の一体改革関連法案も大詰めですのでそちらをおうかがいしたい」
 原発再稼働に関する国民向けの会見で、「ま、原発も非常に重要ですけど」とは、明らかに原発問題を軽視する姿勢の表れでしかない。この日テレの記者は、言葉の上で「原発も非常に重要」と言っているだけで、じつは増税絡みの国会の動きにしか興味がないと言っているに等しい。福島第一原発の事故で避難を余儀なくされている人たちだけでなく、放射能災害を憂慮するすべての国民を愚弄する行為である。
 状況をわきまえぬバカか、故意に会見の方向性をずらしたかのどちらかということになるが、いずれにせよ「報道」を名乗る資格はない。

五十歩百歩の記者団
 問題はまだある。日テレの記者の質問は、会見の目的とはまったく違う内容だったにもかかわらず、その場に居合わせた記者たちは誰もこれを咎めず、聞かれた首相も待ってましたとばかりに長広舌。意図的に原発に関する質疑の時間を潰したとしか思えない展開となる。
 原発再稼働を決断した首相の見解に注目していた多くの国民が、その真意を知る貴重な機会を奪われる結果となったのは事実だ。

 会見を注視していた国民は、首相が「事故を防止できる対策と態勢は整っている」と断言した根拠や、大飯以外の原発の動向について聞きたかったはずだ。
 電力不足の実態についても、データや詳細な予測は出されておらず、記者たちに求められていたのが国民の視点に立った厳しい追及だったことは言うまでもない。
 が、会見場の記者たちは、日テレ記者の暴走を止めなかっただけでなく、これほど重要な会見を時間通りに打ち切ろうとする官邸側に異議の申し立てさえ行っていない。
 もともと「知る権利」に応えようとする気概などなかった証拠に、数少ない質問もおざなりなものでしかなかった。
 非常識な行動をとった日テレの記者はもちろん、会見に参加した記者たちすべてが、会見を単なる首相発言垂れ流しの場に仕立てた共犯なのだ。

官邸側と記者による「仕込み」の可能性
 茶番としか言いようのない会見は、官邸と一部の記者によって仕組まれたものだった可能性さえある。

 この日、首相会見の所要時間は20分と決められていた。
 首相と記者団による質疑が始まったのは、会見が始まって11分40秒ほどを経過した時点。最初に指名されたのは読売新聞の記者だったが、ありきたりの質問とそれに対する首相の答えに3分以上を費やしている。
 この時点で会見の残り時間は5分程度。会見場のどの記者も、それを承知していたはずだ。しかし、日テレの記者があえて原発問題とは違う質問を発したことで、この問答に3分以上を使ってしまう。筋違いの質疑に時間を取られたことで会見の残り時間は2分。これでは厳しい追及を期待する方が無理だ。
 あえて関係のない質疑で時間を稼ぎ、原発再稼働に関する追及をかわすという筋書きが存在したとしか思えない。

 会見の運び方にも胡散臭さがつきまとう。
 官邸の広報が最初に指名したのは、原発推進を社是としてきた読売新聞の記者だ。二番手となって事実上会見を潰した記者は、その読売新聞のグループ企業である日本テレビの人間である。
 この2人と首相とのやり取りだけで質疑時間の大半を使っており、原発再稼動に関する厳しい追及を抑止した形。官邸と原発推進派の記者による「仕込み」を疑わせるには十分な経緯だろう。

 当日のテレビ、翌日の新聞朝刊は、いっせいに原発再稼働を宣言した首相の談話を報じたが、あるべき記者と首相とのやりとりは見当たらない。首相から原発再稼働の真意を引き出せぬまま、各界から寄せられた疑問点を並べて体裁を整えただけの話だ。

 一連の流れは、「神の国発言」における報道の自殺を想起させる。

「神の国発言」
 平成12年、当時首相だった森喜朗氏が、ある会合における挨拶で「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞということを国民の皆さんにしっかりと承知していただく」と発言する。いわゆる「神の国発言」である。政教分離や主権在民をないがしろにするとして問題になったが、一方でこの国の政治報道の歪みをさらけ出す。

 政権側は、発言についての釈明会見を開き問題の幕引きを図ったが、後日、この会見を切り抜ける方法を列挙した文書が、官邸の記者クラブ内で発見される。
 内閣記者会に所属していた記者が、森元首相に逃げ道を指南するために作成したもので、政治部記者の権力癒着に非難が集中する事態へと発展する。

 権力の監視を使命とする報道機関の記者が、権力側と組んで茶番を演じていたことを証明する出来事だったが、よりタチが悪かったのはその後の記者クラブの対応だった。
 真相究明を求められた当の内閣記者会自体が、犯人を割り出す責任を放棄したうえ、問題を不問に付してしまったのである。報道の自殺行為と言っても過言ではない。
 まさに戦後の政治報道の在り方が問われる「事件」だったのだが、官邸にたむろする記者たちの体質は、現在も変わっていないということになる。

 神の国発言の時に作成された指南書には、《時間がきたら会見を打ち切る》、《質問をはぐらかす》といった記述があったとされる。
 20分で打ち切られた野田首相の会見、筋違いの日テレ記者の質問とそれへの答弁・・・。12年前の「指南書」は、記者クラブの中で引き継がれていたのである。

贈る言葉
 「安全性が確認された」、「子ども達の未来を守る」、「国民生活を守る」、会見で次々に発せられた野田首相の言葉は、何の根拠も整合性もない現実を無視した強弁だった。

 メディアに求められていたのは、拙速にことを運ぶ首相の真意を引き出し、国民の「知る権利」に応えることだったはずだ。
 その機会を奪った日テレ記者の行為と、容認した形の会見場の記者たちに、「ジャーナリズムの自殺」という一言を贈りたい。



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