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名ばかり「安全協定」の背景
原発再稼働 後押しする福岡県

2012年5月28日 09:35

 今年4月に福岡県が福岡、糸島両市をともない九州電力との間に締結した玄海原発(佐賀県玄海町)に関する名ばかりの「安全協定」。原発再稼働に待ったをかける関西圏の自治体とはあまりに違う対応に疑問を感じた県民は少なくなかったたはずだ。

 協定締結に至る九電との交渉過程は何らかの形で残る。関連文書の情報公開を求めたHUNTERに対し、協議の議事録を「非開示」扱いにして隠蔽を図った県だったが、福岡、糸島両市が議事録も含めたすべての公文書を公開。このうち福岡市の担当職員が作成した協議の議事録には、交渉における九電と各自治体とのやり取りが詳しく記録されていた。
 
 議事録の行間からは、原発再稼働を支援しようと安全協定締結を急ぐ小川県政の思惑が透けて見える。
(写真は玄海原子力発電所)

締結急いだ福岡県
 4回にわたる九電との協議には、協定を結ぶ当事者となった福岡県、福岡市、糸島市の担当職員が参加していた。福岡市が開示した議事録からは、協議を主導した福岡県の総務部長が、異常なまでに協定の締結を急いでいたことが分かる。

 交渉を仕切った県の総務部長は、昨年11月25日に開かれた1回目の協議から早期締結を強く要求。「『年内にも締結すべし』との議会の強い意見」(福岡市の記録より)をその理由に挙げている。
 2回目(12月21日)の協議でも「議員からは『年内に締結すべき』との意見もある」として再び早期締結を促し、3回目(今年1月18日)では「再三言っていることだが、できるだけ早期に締結できるように協力をお願いしたい」と苛立ちを露わにする。協定の内容などどうでも良いと言わんばかりの姿勢だ。
 
 年度内の協定締結にこだわる県は、この3回目の協議で早くも九電に協定書の案を提示するよう求めており、早期締結に向けて作業を急ぐ意向をより鮮明にさせる。
 4回目の協議は3月9日。九電から提示された協定書の案についてやり取りをおこなっているのだが、最終的な文案は完成されないまま、県の総務部長が年度末を目途に締結することを宣言し会議を閉じていた。ただし、この時点でも「異常時の連絡、損害の補償」といった再検討すべき事項を残していたことが福岡市の記録に残されている。
 
県:他に、佐賀県にあって今回の協定案にない項目を洗い出し、入れ込んでない理由を知らしてほしい。
九:了解した。
(注:県は福岡県、九は九電) 
 
 こうしたやり取りがあったにもかかわらず、この日の協議から正式な協定締結日である4月2日まで、協定案について九電と3自治体間がやり取りした時の記録はない。 大筋で合意したとはいうものの、最終案をどうやって確認したのか分からない状況だ。
 杜撰とも言える交渉過程の記録から導き出されるのは、重要視されたのが協定の内容ではなく"締結時期"だったという見立てだ。

いぶかる県議会関係者
 gennpatu 23338.jpg右の文書は、小川知事による協定締結の申し入れ書だが、この中には締結を急がせる文言はない。協議をリードした福岡県の総務部長は、なぜこうも協定締結を急いだのか。まず、総務部長が協議の中で繰り返した「県議会の意見」について取材してみた。

 ある県議会関係者は「民主党の議員が『協定を結ぶべき』と発言した場面はあったが、"締結を急げ"などいう意見は聞いた覚えがない。それは県議会の総意とは言えないだろうが」と首を捻る。

 別の県議会関係者は次のように解説する。「(締結を急がせたのは)小川知事の意向だろう。県議会として協定締結を急がせたことはない。第一、急がなければならない理由がない。県民やマスコミは、協定締結を急ぐ知事と九電の松尾前会長の深い関係に疑念をもっている。本来なら、原子力行政に関する国の方針が定まるのを待つべきで、むしろ早計との声も上がっていたほど。急ぎたかったのは九電とその意を受けた小川知事だけ、あとは、民主党の県議団だろう。福岡が前例となって他の関係自治体に影響を与えることを見越してやったんだな」。

 小川知事の後援会長が九電・松尾前会長であることは広く知られているところだが、こうした関係が不十分な協定につながったとの見方は根強い。県議会関係者が言うように、協定を急がせたのが県議会の総意ではないとすると、やはり指示を出したのは小川知事と考えるべきだろう。
 県の総務部長がことさら「県議会の意見」を強調して見せたのは、知事の存在を薄めるための方便だったということだ。
 
 それでは、福岡県が協定締結を急いだ本当の理由は何か。福岡市が開示した議事録の中に、答えを導くヒントとなるやり取りが残されていた。

他の自治体との協議を意識
 3回目の協議で、佐賀県並みの情報提供を求める意見などが出たことを受けた九電側は、思わず本音を漏らしている。議事録にある次の九電側の発言である。

gennpatu 2333922.jpg

《先行事例として進めていく中で、他の自治体との協議にも影響があり、また後々当社としてどのような影響を被るのかなど心配の余地があることを理解していただきたい》
 
 九電は、先行事例となる福岡県との安全協定が、原発から30キロ圏内に位置する佐賀や長崎の自治体との協議に影響を及ぼすことを見越していたのである。今後の交渉が不利にならないよう、福岡県側に提供する情報を限定したことも明らかだ。さらにこの発言は、協定を急ぐ意味を端的に示したものでもある。
 
 ハードルを低くした協定を九州最大の電力消費地である福岡県との間に結んでおけば、他の自治体との交渉においてモデルケースとして利用できる。九電の狙いはまさにその一点だったろう。
 県は、苦境に立った九電を援護するため、県議会の一部の声を利用して協定の早期締結を進めたのである。

【解説:「影響を被る」とは不謹慎な言葉だ。玄海原発に近い自治体から厳しい協定内容が求められていたなか、「影響を被る」などという表現は、住民の声を"迷惑"としか捉えていないことを示している。傲慢な大企業の論理である。原発説明番組にからむ「やらせメール」や、プルサーマル発電の説明会における「仕込み質問」は、いずれも九電による世論操作だったはず。加えて、"原発は安全"とする虚構を垂れ流してきた反省もなく、自社の立場だけを守り、他の自治体との協議をできる限り有利に進めようとする九電の姿勢は、いまだに同社の体質が変わっていないことを表している】

締結を急いだ理由 その1
 福島第一原発の事故以降、国民の原発に対する"漠然とした不安"は"確かな恐怖"に変わった。原発施設周辺の自治体住民からは、立地自治体同様に再稼働などへの同意権限を求める機運が高まっており、橋下徹大阪市長を中心とする関西圏の首長たちの動きはそうした民意を反映したものである。

 一方、玄海原発の30キロ圏内に位置する7つの自治体の動向を見ると、必ずしも同一歩調ではなくなっている。
 30キロ圏内にあるのは、唐津、伊万里(以上佐賀県)、松浦、壱岐、佐世保、平戸(同長崎県)、そして福岡県の糸島市。このうち、糸島市がいち早く福岡県主導の「連絡協定」に参加。再稼働などの事前了解権限を求めることもなく、不十分な取り決めでお茶を濁したことは述べてきたとおりだ。先行した福岡県の事例が、九電と他の自治体との交渉に影響を与えた可能性は高い。

 市域の一部が10キロ圏内となる松浦市は、今月に入って原発施設変更時の「事前了解」を盛り込まず、「事前説明」にとどめる協定案を受け入れる方針であることを表明。松浦市民からは、弱腰の市に対し不満の声が上がっている。
 「立地自治体並み」を求めてきた同市が方針転換した背景に、福岡県の先行事例が微妙に影を落としたことは否定できまい。
 原発に関する「連絡」を誇大に見せかけ、協定のハードルを下げたという意味で、福岡県と九電の猿芝居は一定の成果を上げたということだ。

 こうして見ると、福岡県が協定締結を急いだのは、九電の戦略に組み込まれた結果であるということになる。
 これまでの経緯から、九電の狙いは、九州最大の電力消費地である福岡県と真っ先に安全協定を締結し、関西圏のように「脱原発」の機運が盛り上がることを防ぐことだったとしか思えない。もちろん、小川(知事)― 松尾(九電前会長)ラインがあったればこその話ではある。

締結を急いだ理由 その2
 もうひとつ、福岡県が協定締結を急がなければならない大きな理由があった。前述したように、玄海町以外の佐賀県の各自治体や長崎県の松浦市などは、原発から近いという地理的条件があるため住民の不安が大きい。当然、九電に求められる協定の内容は、原発立地自治体並みの原発施設変更時の事前同意といった厳しいものとなる。原発再稼働への同意権限を求める市民が、福岡県以上に多いことも事実だ。

 もし、こうした自治体との協定が先行したらどうなるか・・・。安易な連絡の取り決めなど容認されず、福岡県が結んだ内容での協定締結が難しくなったであろうことは容易に想像がつく。小川知事としては、県民から弱腰を非難されることを避けるためにも、他県に先駆けて協定を結ぶ必要があったのである。

 原発への危機感が少ない九州だからこそ可能だったインチキ協定だが、民意が沸騰する事態を避けたい九電と、地位保全を図る小川知事の思惑が一致したからこそ、協定締結が急がれたということだ。
 全国の原発が次々に営業運転を止める中、用意周到に事を運ぶ九電と、その下請機関と成り果てた県。県民本位の県政からは程遠い実態と言うしかない。

 ところで、福岡、糸島両市の市長は、市民の声にどこまで答えたのだろう。協議の過程を検証すると、主導権を県に握られた情けない市政トップの姿が浮き彫りとなる。

つづく



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