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福岡県教委、「体罰」実態把握せず

見えぬ「子どもの心」への配慮

福岡における教育の現状(4)

2012年1月11日 10:00

 福岡県教育委員会が、県内の小・中学校で起きた教員による「体罰」の実態を把握していないことが明らかとなった。
 
 県教委で確認できるのは直接処分を下した「懲戒」にあたる事案だけで、各自治体ごとの教育委員会が下した戒告や厳重注意などのいわゆる「服務上の措置」については、体罰の内容も件数も分からないとしている。
 
 教員による「暴力」に対する不十分な態勢を露呈した形だが、こうした甘い姿勢が多くの子どもたちの心を傷つけている可能性が高い。

実態知らぬ県教委
 HUNTERは昨年、県教委に対し政令市を除く県内の小・中学校教員が受けた処分の詳細を示す文書を情報公開請求した。
 開示されたのは「懲戒」になった事案に関する文書だけで、それ以外の処分については文書を保有していないという。
 確認したところ、県教委が把握しているのは懲戒処分となった事案だけで、その他については内容も数も分からないとしている。

懲戒処分の少なさに疑問
 県教委側から開示された平成21年度と22年度途中までの懲戒に関する事案の数は7件。このうち「体罰」に関する懲戒処分は2件だった。同時期に福岡市教育委員会に情報公開請求して確認した体罰に関する懲戒処分が7件となっていたことと比べると疑問が残る数字だ。
 
 県教委が管轄する教員の数は、福岡市教委のそれよりかなり多いはずだが、体罰で懲戒処分を受ける教員の数は県教委関係の方が極端に少ない。
 体罰事案が少ないことは良いことではあるが、釈然としないため県教委側に確認したところ、「服務上の措置」については一切把握していないことが判明した。
 
 懲戒に至らなかった事案の中には、体罰を超えた「暴行」があった可能性がある。また、市町村の教育委員会任せで、県内小・中学校の体罰の実態を掴み切れていないということは、人事考査に教員の処分歴が反映されていないことにもなる。
 これでは県教委の「形骸化」としか言いようのない状況だ。

処分者はいずれも常習犯
 懲戒処分を受けた2件について、その内容を見ると、次のようなものだった。
【ケース1】
《平成20年12月。注意・叱責して・・(黒塗り非開示部分)・・尻を右足で1回蹴った。
平成21年11月。右の平手で頬を3発叩き、髪を掴んで壁際に押し付けた後、投げ倒して馬乗りになった。その後、立たせ、・・(黒塗り非開示部分)・・再度、右の平手で頬を3発叩き、首を右腕で押さえながら投げ倒して馬乗りになった》。

【ケース2】
《平成22年12月。憤慨して両肩を掴み教室に引き入れ、教室の入り口付近で両肩をひねるように倒し、床に右側に横倒しになった当該生徒の頭、顔、肩、背中を、中腰の体勢で右平手で10数回叩いた。・・中略・・。また、右足で左足のふとももあたりを2~3回足蹴りした》。

 ケース1では、中学の教員が平成20年に体罰を行ない教育委員会と校長から注意を受けており、2度目の体罰で懲戒となったことが記されている。1年も経たぬうちに2度目の体罰を行なったことになるが、この時の行為は明らかに「暴行」である。懲りないというより、より凶暴になっていると言った方が妥当かもしれない。

 ケース2も同様に、2度目の体罰行為で懲戒になった事例である。この教員は、平成15年にも、《憤慨し、生徒の胸倉をつかみ壁に押しつけたり、平手で顔を数回たたく体罰を行なった》として文書戒告になっていた。こちらも2度目がより凶暴になっているのがわかる。
 《横倒しになった当該生徒の頭、顔、肩、背中を、中腰の体勢で右平手で10数回叩いた》、《右足で左足のふとももあたりを2~3回足蹴りした》といった記述を見る限り、とても体罰などという教育上の行為とは思えない。明らかな「暴行」である。

 いずれのケースも、1回目の体罰に対する処分を「服務上の措置」で済ませており、この甘さがより深刻な被害を招いた形となっている。
 ただ、前述したように県教委側は1回目の体罰事案を把握しておらず、懲戒相当として自治体の教育委員会から上がってきたものに処分を下したに過ぎない。
 これでは、人事権を有する県教委が暴力教員を野放しにしているようなものではないか?
 
 県教委側は、体罰事案について実態把握が不十分とするHUNTERの指摘に困惑の色を見せながらも、現状について否定はしていない。不思議なのは、これまで問題視されなかったことで、議会を含めた監視体制の強化が望まれる。

県教委の懲戒指針への疑問
 念のため、開示された文書から懲戒となった事案の処分決定過程を検証しようと試みたが、県教委の処分決定過程そのものが不透明だった。
 福岡市教育委員会が開示した教員処分に関する一連の文書に含まれていた議事録も協議の過程を示す記録もないのだ。
 
 県教委の文書では、体罰事案の概要を記した後、いきなり処分が下される形式となっており、なぜ当該処分となったのかを知る術もない。
 形骸化した教育委員会のあり方について、問題を指摘する声が上がるのも無理はないと思える結果だった。

 問題なのは、県教委が定めた「懲戒処分の指針」に、体罰事案に対する最も重い処分の規定が明文化されていないことだ。
 指針では体罰に対する懲戒処分の内容を次のように定めている。
ア 体罰により児童生徒を負傷させた教職員は、停職、減給又は戒告とする。
イ、体罰を常習的に行なった教職員は、減給又は停職とする。
 体罰事案での「免職」が規定されていないのだ。
 
 これに対し、福岡市教委が定めた「福岡市教育委員会職員懲戒処分の指針」は、以下のとおりで、「免職」のケースを想定している。
・「児童、生徒又は幼児(以下「児童等」という)に体罰を行なった教育職員は減給または戒告とする」
・「児童等に体罰を行ない、当該児童等を負傷させた教育職員は、停職、減給又は戒告とする」
・「児童等に体罰を行ない、当該児童等を死亡させ、又は重大な後遺症が遺る負傷を負わせた教育職員は、免職又は停職とする」

 福岡市教委の指針では、死亡または重大な後遺症に限って「免職」としている。甘い姿勢ではあるが、免職のケースを明記していない県教委の指針はそれ以下ということになる。

 県教委の指針でさらに問題なのは、体罰についての以下のような注意書きの記述である。
体罰とは、懲戒の内容が身体的性質のものである場合を意味する。すなわち、身体に対する侵害を内容とする懲戒-なぐる・蹴るの類-がこれに該当することはいうまでもないが、さらに被罰者に肉体的苦痛を与えるような懲戒もまたこれに該当する》。
 
 難しい言葉が並んではいるが、つまり「心の傷」には責任を負わないということ。暴行を加えた相手の子どもを、『被者』とし、あくまでも子どもの行為に対する「罰」だとする姿勢には憤りを感じる。
 体罰の内容によっては「暴行」としか表現できないものが存在することは報じてきたとおり。身体はもちろん、心に傷を負った子どもは「被罰者」ではなく「被害者」だろう。
 大人の都合で作られた指針とはいえ、県教委のそれは余りに理不尽なものだ。

 ある県政界関係者は次のような疑問を投げかける。「県教委と教組(教職員労働組合)とのもたれ合いが原因となって、教員に対する甘い処分が横行しているのではないか。1度目の体罰はお手盛りで済ませ、2度目は懲戒というのは確かにおかしい。こうした方針が現場の暴力を助長する原因となっているなら、指針も含めて早急に仕組みを見直すべきだ」。

見えない「子どもへの配慮」
 HUNTERはこれまで、福岡市内の小・中学校における体罰に関する処分について3回にわたって報じてきた。残念なことに、情報公開請求で入手した文書からは、被害にあった子どもをいたわる記述を見ることはできない。県教委が開示した体罰教員への2件の懲戒処分に関する文書でも、子どもに配慮した一文は皆無だ。
 教育委員会が作成した体罰に関する記録文書からは、被害者である子どもの気持ちを推し測ることができないのである。

 一方で、「(子どもに)怪我はない」、「軽く叩いた」、「苦情などの申し立てはない」といった大人の言い分ばかりが並べられている。
 子どもたちに、いじめや体罰について、親や周囲に話したがらない傾向があることは、たいていの大人なら理解できるはずだ
 当然、怪我はなくても心の奥に傷を負った子どももいたはずだが、その点について配慮した形跡は微塵もなく、公務員のエゴだけがむき出しになっている。
 何のための教育委員会なのだろうか。

「暴行」には厳しい対応を!
 教育現場で起きた暴力は、すべて「体罰」とされてはいるが、開示された文書にある行為は、明らかにその範疇をこえているものが多い。

 福岡市内の小・中学校で起きた体罰の検証記事でも述べたが、体罰そのものの質が大きく変わったことには驚きを禁じ得ない。

 「蹴り」、つまり足を使った暴力が頻繁に登場するうえ、平手で叩く時も複数回というケースばかり。昔の「ゲンコツ一発」とはかなり程度が違う。
 記述を読む限り、教員による「体罰」と言うより単なる「暴行」としか表現できない実態なのだ。
 
 もちろん、教育に情熱をもって真剣に子どもと向き合う先生が大半で、暴力教師はほんの一部であると信じたいが、質の低い教員が毎年「暴行事件」を起こす現状は改められるべきであろう。
 常軌を逸した暴力教員は、即「免職」とすべきである。
 
 求められているのは子どもの心を大切にする教育のはずだ。
 

*出稿間際の10日夕、県教委から連絡があった。
 昨年末に再確認のために請求した小・中学校の教員による体罰に対する「措置」の事例を示す文書があったと言う。
 出先である教育事務所で、2件だけ報告事例があったのだというが、2度にわたる情報公開請求でやっと見つけたものに過ぎず、県教委が県内の実態を把握しているというわけではなかった。 

 



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