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「社会保障と税の一体改革」への異議

2012年1月13日 10:55

 今月6日に政府・与党社会保障改革本部が決定した「社会保障と税の一体改革案」をめぐって、与野党の攻防が本格化してきた。

 国民の多くが「説明不足」と感じているこの唐突に突きつけられた改革案を、野田政権はなぜかくも急いで仕上げるというのだろうか。

 国の根幹ともいえる税と社会保障の制度変更である以上、素案の中身を広く国民に説明し、議論する機会を設ける必要があるはずだが、野田首相や民主党がきちんとその過程を踏んだ形跡はない。

 大手メディアは増税問題ばかりをあげつらうが、ことはそう単純なものではないはずだ。

「改革案」の内容
 いつの間にか喫緊の課題となった社会保障と税の一体改革案だが、民主党が公表した素案はかなりのボリュームで、50ページにも及ぶ。

 その第2章で増税を前提とした社会保障改革についての方向性を以下のように示している。いささか長くなるが、その方針に沿って具体策を講じるということなので、全文を紹介しておきたい。

《第1章の基本的考え方に基づき、以下に示す方向性に沿って各分野の改革を進める。
Ⅰ 未来への投資(子ども・子育て支援)の強化
子ども・子育て新システムを創設し、子どもを産み、育てやすい社会を目指す。
Ⅱ 医療・介護サービス保障の強化、社会保険制度のセーフティネット機能の強化
高度急性期への医療資源集中投入など入院医療強化、地域包括ケアシステムの構築等を図る。
どこに住んでいても、その人にとって適切な医療・介護サービスが受けられる社会を目指す。
Ⅲ 貧困・格差対策の強化(重層的セーフティネットの構築)
すべての人の自立した生活の実現に向け、就労や生活の支援を行うとともに、低所得の年金受給者への加算など、低所得者へきめ細やかに配慮を行い、すべての国民が参加できる社会を目指す。
Ⅳ 多様な働き方を支える社会保障制度(年金・医療)へ
短時間労働者への社会保険適用拡大や、被用者年金の一元化などにより、出産・子育てを含めた多様な生き方や働き方に公平な社会保障制度を構築する。
Ⅴ 全員参加型社会、ディーセント・ワークの実現
若者をはじめとした雇用対策の強化や、非正規労働者の雇用の安定・処遇の改善などを図る。
誰もが働き、安定した生活を営むことができる環境を整備する。
Ⅵ 社会保障制度の安定財源確保
消費税の使い道を、現役世代の医療や子育てにも拡大するとともに、基礎年金国庫負担2分の1の安定財源を確保し、あらゆる世代が広く公平に社会保障の負担を分かち合う》。

 改めて素案を見ると、これまで散々使われてきた文言が並んでいるだけで、政治家の選挙用印刷物をながめた時のような不快感を覚えてしまった。
  
 ⅠからⅤまでは当たり前であるはずの施策の方向性であり、これまでも同じようなことが繰り返し叫ばれてきたのではなかったか。素案の論法は、その当たり前のことを実現するために「消費税率を上げる」というもので、民主党が政権交代を果した時の約束とはまったく違うものだ。
 
 民主党は、「無駄を削って財源を捻出し、マニフェストを実現する」と公言したのであり、それは有権者との「契約」に等しかったはず。しかし、税金の無駄遣いは今も横行しており、これを放置して増税を提起することは許されるはずがない。

 公約違反への批判に無神経となった民主党執行部だが、さすがにまずいと思ったのか、消費増税への批判をかわすため、素案の最後に姑息な"付けたし"を行っている。これも、そのまま引用しておきたい

《衆議院議員定数を80 削減する法案等を早期に国会に提出し、成立を図る。また、独立行政法人改革、公益法人改革、特別会計改革、国有資産見直し等の行政構造改革に向けた取組を進め、民主党行政改革調査会で「行政構造改革実行法案(仮称)」の検討を進めていることを受け、国民新党と連携しつつ、所要の法案を早期に国会に提出し、成立を図る。閣議決定ベースで可能な改革は直ちに実行に移す。
更に、給与臨時特例法案及び国家公務員制度関連法案の早期成立を図る。
その他、公共調達改革等の不断の行政改革及び予算の組替えの活用等による徹底的な歳出の無駄の排除に向けた取組を強めて、国民の理解と協力を得ながら社会保障と税制の改革を一体的に進める》。

 何のことはない。すべて民主党のマニフェストに記されていたことばかりで、これをやるから増税を認めろというのでは筋が通らない。記された内容は、とうに実現していなければならなかったはずのものばかりなのだ。

ツケ回し
 そもそも、増税しなければ社会保障制度が成り立たないという事態を招いたのは誰か。ほかでもなく永田町や霞ヶ関が責任を負うべき話のはずだが、失政の責任追及もないまま、いつの間にか国民がツケを払うべきかどうかの議論になっている。冗談もほどほどにしろと言いたい。

 湯水のごとく公共事業に税金を投入し、道路や橋を作り続けてきたのは自民党であり、天下り先との癒着構造の中でわが世の春を謳歌してきたのは官僚たちである。

 その結果が現在の財政赤字であり社会保障制度の破綻だったわけで、これについては国や地方自治体のこれまでの愚行を再検証したうえで、厳しく責任が問われるべきだろう。

 しかし、期待された民主党が行なった"事業仕分け"は、単なるパフォーマンスに過ぎず、大半の無駄遣いは生き残っている。この段階で「それでは増税を」というわけにはいかないのだ。
 
 理解を得ぬまま失政のツケだけを押し付ける手法には、そろそろ終止符を打つべきではないか。でなければ、国民の国家への帰属意識は薄らぐ一方となってしまう。

求められる説明責任
 「痛みを分かち合う」などと聞こえのいい話に騙されてはいけない。小泉元首相以来、政治家がツケを国民に押し付ける場合に、決まってこうした言葉を待ち出してくるが、痛みを感じなければ成り立たない社会がまともであるはずがない。
 
 政治家や役人が懸命に働いていれば多少なりとも気が紛れるかもしれないが、700人を超す国会議員が国民を納得させる仕事をしているとも思えない。霞ヶ関もまた然りだ。

 社会保障制度の維持・拡充のために増税が必要というが、民主党の素案からは、年金や医療についての詳しい制度設計は見えてこない。

 肝心の消費増税についても、なぜ10%にする必要があるのか、あるいはどのように積み上げた数字なのかまるで分からない。

 こうした疑問に答えない以上、安易な「改革」を許してはいけないのである。
  



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