昨年11月に投・開票が行なわれた福岡市長選挙にからみ、吉田宏前市長陣営から福岡市内の三つの民主党選挙区支部に多額の寄附が行なわれていたことがわかった。
市長選告示は10月30日だったが、寄附の実行日は同月20日。時期的に見て選挙に向けての政治資金提供だった可能性が高く、大掛りな買収行為ととられてもおかしくない。
吉田前市長側と各選挙区支部に寄付金の趣旨などについて事実確認を求めているが、前市長側は取材を拒否。説明を求めた民主党の各支部からも回答はない。
取材に応じた民主党福岡県連の吉村敏男幹事長は事実関係を把握しておらず、「コメントのしようがない」としている。
市長選直前に多額の寄附
福岡市の民主党選挙区支部に寄附を行なったのは吉田前市長の支援団体「元気な福岡をつくる会」(以下、『つくる会』)。
県選管が公表した平成22年分の政治資金収支報告書を確認したところ、「つくる会」は衆議院の選挙区ごとに設立されている民主党福岡県第1区総支部、民主党福岡県第2区総支部、民主党福岡県第3区総支部に対し、市長選告示を10日後に控えた平成22年10月20日にそれぞれ340万円、440万円、500万円を寄附していた。
公職選挙法は、政治家やその後援団体などが選挙区内で寄附を行なうことを禁じているが、政党支部は対象から除外されている。ただし、投票依頼をともなう寄附は「買収」と見なされ刑事罰が下される可能性が生じる。
「元気な福岡をつくる会」
福岡県選挙管理委員会に提出された届出書類によれば、「つくる会」の設立は昨年9月1日で同月7日に政治団体の設立届を出していた。
規約には、「目的」として《吉田宏氏を後援することにより福岡市政の発展と住民福祉の向上を図り》と記されており、吉田前市長を支援するために立ち上げられた団体であることは明らかだ。
さらに「つくる会」は市長選の告示後、「確認団体」(注・参照)として街頭宣伝車を運行するなど、吉田前市長の再選に向けて政治活動を行なっていた。
吉田前市長の選挙運動費用は、全額「つくる会」からの寄附によってまかなわれている。
【注:『確認団体』とは、選挙期間中に当該選挙区において所定の条件を満たした上で一定の政治活動が許される政党または政治団体。知事選や市長選のほか参院選(所属候補10名以上が要件)や地方自治体の議員選挙(所属候補3名以上が要件)に適用される】
「つくる会」の収支
同会の収入は、主として民主党県連からの寄付と政治資金パーティーの売り上げだ。時系列で見ると、10月3日に福岡市内のホテルで政治資金パーティーを開催、890人から2,604万9,390円の収入。
その後、10月19日に民主党県連から2,000万円、11月11日に500万円の寄附があったほか、もうひとつの支援団体「ふくおかFUNクラブ」から470万円の寄附を受けていた。収入総額は5,729万6,900円にのぼる。
一方、支出は経常経費と組織活動費、機関紙発行などの事業費などで約2,800万円あまりを費消しているほか、「寄附・交付金」の額が2,080万円となっていた。
問題の寄附・交付金の内訳は次のとおりだ。
・10月20日 吉田宏前市長本人に800万円 → 選挙運動費用に
・10月20日 民主党福岡県第1区総支部(代表:松本龍)に340万円
・10月20日 民主党福岡県第2区総支部(代表:稲富修二)に500万円
・10月20日 民主党福岡県第3区総支部(代表:藤田一枝)に440万円
福岡市長選挙は10月30日に告示され11月14日に投・開票が行なわれたが、前述のとおり吉田前市長側の政治団体「つくる会」から民主各支部への寄附は告示を10日後に控えた10月20日。
選挙支援を前提とした政治資金提供と見られるが、タイミングや金額から考えると、投票依頼と結びつく可能性が高いこの寄附には、「買収」の疑いが持たれてもおかしくない。
前市長側は取材拒否
8日、「つくる会」の主たる事務所を訪ね寄附の経緯について確認しようとしたが、取材拒否。
民主党福岡県第2区総支部には7日、8日の両日にわたって問い合わせし、代表である稲富修二衆院議員の議員会館の事務所にも取材の趣旨を伝えたが、回答はない。民主党福岡県第3区総支部は「話がわかる人間が不在」としている。
民主党県連幹事長の吉村敏男県議は、問題の寄付について次のように話している。「(寄附の事実を)知らなかった。市長選のカネの流れについては何もわからない。私は市長選選対に入っておらず、事実関係がつかめていない以上、コメントのしようがない」。
昨年の市長選において吉田前市長を支援したという市内の民主党関係者は、「聞いたことがない。何に使ったのだろう?」と首をかしげる。
事実、三つの選挙区支部の政治資金収支報告書及び領収書を確認すると、第3区総支部で「吉田ひろしチラシ配布料」などの支出が見られるものの、他の支部での選挙向けと思われるような目立った支出はない。
不可解なのは、民主県連から総額2,500万円の寄附を受けた「つくる会」が、わざわざ疑いを招くような選挙区支部に対する多額の寄附を行なったことだが、当時の市長選をめぐる状況を振り返ると納得がいく。
寄附の背景
昨年、改選を迎えた吉田前市長の選挙戦略には大きな狂いが生じていた。現職市長としてすんなり民主党の推薦が得られるものと思われていた矢先、政府の事業仕分け人を務めた改革派新人が民主党県連に推薦願いを提出。新人を推す勢力と現職にこだわる福岡市議らによる県連を二分しての推薦争いが勃発したのだ。
吉田前市長は、平成18年の市長選で民主党の単独推薦を受け初当選しながら、その後に行われた2度の国政選挙で同党候補の応援を拒絶。県議団や大半の国会議員を敵に回したなかで改選期を迎えていた。こども病院移転問題で公約違反を追及され市民の反発を買ったこともマイナスに作用したと考えられる。
民主県連の方針は容易に決まらなかったが、同党福岡市議団が強硬に吉田前市長推薦を主張。現職推薦が決まったものの、県連(当時の代表は古賀一成衆院議員)が結論を出したのは昨年8月末。吉田市長側と民主県連が正式に政策協定を結んだのはさらにあとの9月11日で、選挙の告示まで50日足らずの時期だった。
県連内部のゴタゴタを反映し、選挙戦を主導したのは市議団の一部。結果、総力戦は実現せず吉田氏落選の要因となった。
落選の原因には、前述の事業仕分け人が無所属で立候補し、民主支持層のかなりの部分を獲得したことも見逃せない。
衆院選挙においては福岡市内が3つの選挙区に区割りされているが、事業仕分け人の経歴を持つ無所属新人が支持を伸ばしていたのが福岡2区に入る地域。
さらに同区の民主支部は推薦決定までの過程で最後まで吉田氏推薦を拒んだと言われており、有権者数の多さからしても選挙戦を進める上での重点地域だった。
福岡1区は実力者である松本龍衆院議員が磐石の組織を有しており、同3区では藤田一枝衆院議員が確実に地歩を固めていたが、2区選出の稲富氏は初当選後にカネがらみの疑惑が噴き出したことで地盤が揺らいでいた。
民主党選挙区支部への多額の寄附の背景には、吉田前市長の再選を阻む状況が横たわっていたということになる。支部ごとの金額の多寡も、選挙区ごとの事情を反映したと考えれば説明がつく。
民主党関係者からは、吉田陣営による各支部への寄附が、選挙を取り仕切った市議団の指示によるものとの声が出ているが、関係者が口を閉ざしており真相は藪の中だ。
いずれにしろ、当選を目指す候補者陣営から、集票マシンとも言える政党支部に多額のカネが流れ込んだのは事実。選挙直前という時期からすると、違法性を問われかねない不適切な行為であることは間違いない。