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TPP  

2011年10月19日 10:00

 「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」について、きちんと理解している人がどれほどいるだろうか。多くのマスコミ関係者や経営者などに尋ねてみたが、納得できる答えは少なかった。
 
 返ってくるのは「農家は壊滅的打撃を受けるらしい」とか「参加しなければ国際競争について行けなくなる」といった見解ばかり。どうも要領を得ない。
 TPPの詳しい内容はもちろん、参加した場合のメリット・デメリットについて、国からの十分な説明がなされていないということだ。

 じつは日本にとって、様々な分野に大きな影響を与えると見られる最重要課題が、満足な説明も果されぬまま、野田政権によって処理されようとしている。

 「TPP」とは何か。改めて内容を見ると、懸念される農業への打撃だけでなく、医療や金融といった国民生活に直結する分野の制度や現状を崩壊させる可能性さえうかがえる。

 永田町と霞ヶ関だけに委ねていい問題では決してなく、広範な議論が必要であることは言うまでもない。

TPPの正体
 TPPとは、Trans-Pacific PartnershipまたはTrans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreementの頭文字をとったもので、日本語にすれば「環太平洋戦略的経済連携協定」。その内容もさることながら、「TPP」が何の略なのかさえ分からない有様だ。
 
 中身がわからないまま、英語の頭文字だけが一人歩きする場合はろくなことがない。
 現に、「TPP」という呼称が話題になることはあっても、賛成・反対の政治劇ばかりが取り上げられ、参加した場合、この国のどこがどう変わるのかについてはあまり知られていないのが実情だ。
 横文字や専門用語を多用して、問題の本質から国民を遠ざけるのは霞ヶ関官僚の知恵なのかもしれない。

 さてそのTPPだが、現在、加盟・交渉国はアメリカをはじめマレーシア、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、ブルネイ、チリ、ペルーの9カ国。
 
 加盟国間の経済制度における整合性を図り、貿易関税については例外品目を認めない形の関税撤廃を目指すとしているが、加盟国・交渉国に日本を加えた10カ国のGDP(国内総生産)を比較すると、アメリカと日本の2カ国だけでその9割以上を占める。
 TPPの実質が日・米FTA(自由貿易協定)に過ぎないとする見方の根拠がそれだ。

 ちなみに、お隣韓国は、TPP参加のメリットがないとしてアメリカとの二国間でFTA締結を目指している。中国もTPP不参加だ。
 中・韓が独自路線を歩む中、野田政権が参加に前のめりなのは、アメリカからの圧力によるもので、真剣に国益について考え抜いた末の判断ではなさそうだ。

アメリカの都合
 TPPの実質的主導者であるアメリカでは、高い失業率に象徴されるとおり、深刻な経済問題を抱えて混迷が続いている。
 格差是正のためウォール街の占拠を呼びかけるというデモが、全米ばかりか世界中に拡がっているのは、そうした米国の状況を象徴するものだ。
 
 オバマ政権は、こうした状況を打開するため、アメリカ再生の柱に輸出拡大戦略を置いており、5年間で輸出を倍増し、200万人の雇用をつくり失業問題を解決するという「国家輸出イニシアチブ」を打ち出した。鍵を握るのがアジア市場獲得の成否であることは言うまでもない。

 とりわけ日本の金融、医療、農業といった分野を開放させることが、アメリカにとっての急務なのだ。

 アメリカにとって都合のいいTPPだが、宣伝される日本にとってのメリットには疑問が残る。

 アメリカが景気刺激策として、ドル安誘導と金融緩和策を続けることは確実。そうなると、相対的に円高となった日本からアメリカへの輸出増加は見込めない。

 アメリカの工業製品の関税率は自動車で2.5%、家電(テレビ)で5%ほどで、関税よりも為替変動の方が貿易に与える影響は大きいと見る向きもある。

 また、海外生産比率が半分を超える自動車産業に見られるように、既に日本の多くの輸出企業が海外での生産を拡大しており、TPPに参加しても国内からの貿易は拡大しない構造となっている。

 TPPに参加しなければ国際間競争についていけなくなるとの説に疑問が付きまとうのは、政府の説明不足に加え、予想されるメリットが明確に約束される状況にないという現実があるからなのだ。

報じられぬ農業分野以外でのデメリット 
 TPPは24に及ぶ分野に分かれて交渉することになっているが、その本質は報道されているような「輸出産業」対「農業」というような単純なものではない。

 例えば、医療分野への影響は甚大だ。
 アメリカには公的な皆保険制度がなく、自由診療の国。対して日本では、国民全てが加入する公的医療保険によって公平に、質の高い医療が提供されてきた。
 
 だがこれは、外資系企業からすると医療ビジネスへの「貿易障壁」としか見なされない。
 TPP参加によって予想されるのは、病院が公的医療保険による保険診療を行いつつ、高額の自由診療との混合診療を行う事態だ。

 混合診療が解禁された場合、製薬会社や医療機器メーカーは、新薬や新たな治療法に公的保険を適用させるための努力を怠るようになる可能性が高くなる。

 結果として、新薬や画期的な治療法は、高額な自由診療でも困らない金持ちのためのものになってしまうほか、地方の公立病院などが立ちゆかなくなり、皆保険制度の崩壊を招く懸念さえ生じる。

 なぜこのようなことが起きるかと言えば、TPPが求めているのが「公共サービス」への外資の参入自由化・民営化で、「医療」がその「サービス」の中に含まれているからだ。

 このため医療を単なるサービスと見なしていない「日本医師会」、「日本歯科医師会」、「日本薬剤師会」のいわゆる三師会や日本看護協会などは、こぞってTPP参加反対の姿勢を鮮明にしている。

 農業分野の話ばかりが喧伝され、医療の危機については報じられていないのだが、明らかなデメリットはまだまだある。

 「人の移動の自由」がもたらすのは、低賃金で働く大量の外国人労働者だ。そこで予想されるのは、国内向け雇用の縮小と、賃金・労働条件をめぐる争いの多発ではないか。

 「金融」「投資」「公共サービス」などの完全自由化は、アメリカの金融資本による日本占領を意味するとの見方もある。

 こうした農業分野以外のデメリットについて政府が十分な説明を行なっていないのは、国民に気付かれないうちにTPP参加を決めてしまおうという、野田政権の姑息な政治手法のあらわれとしか思えない。 
 

食の安全は守れるか
 信じられないことだが、日本が遺伝子組み換え食品に表示を義務づけていることを、アメリカは「貿易障壁」だと非難している。
 
 同様に、日本がBSE対策のため、米国産牛肉については月齢20ヶ月以下のものしか輸入を認めていないことにも不満を抱いており、制限の撤廃を求めてくるのは必至。TPP参加で、こうした食の安全装置が排除される可能性は高い。

 安い農産物が自由かつ大量に輸入され場合、日本の農業が壊滅的な打撃を受けるのは火を見るより明らか。野田首相がどのようにきれいごとを並べても、現在の国内農家に強い足腰があるはずもない。それを認めていたからこそ、民主党は農家への戸別所得補償を導入したのではなかったのだろうか。
 
 食料自給率を上げなければならない時代に、逆の方向に走る野田政権が見ているのは、アメリカの顔色ばかりということだ。

迷走する民主党
 gennpatu 482.jpg民主党では、TPP参加を議論する「経済連携プロジェクトチーム総会」が始まった。

 同党関係者によれば、TPP参加を強行しようとしているのは、野田首相-前原政調会長-仙石政調会長代行のラインだという。いずれも国益とは何かを理解できていない幼稚な面々だ。

 第一回の会合では、まずプロジェクトチームの役員構成について異論が続出。冒頭から荒れ模様となった。
 口火を切ったのは、「TPPを慎重に考える会」の会長である山田正彦衆議院議員。山田氏自身も顧問として役員に入っているのだが、役員の大部分が「推進派」で占められている事に強く抗議し、変更を求めたのだ。

 司会役の議員が「事務方の説明が終わってから意見を述べて下さい」と制止するが、反対派の不規則発言はエスカレート。
 山田氏から「冒頭だけの撮影でマスコミを退出させるのはおかしい。全てオープンにするのが民主党ではないのか」との発言が出されると、賛同意見が相次ぎ、とても本格的な議論に入れる状況ではなかったという。

 鉢呂吉雄座長が報道関係者を退席させたあと、再び参加反対派の議員たちからの激しい意見が飛び交ったとされる。

 出席議員からの話を総合すると、次のような意見だったという。
「民主党は政策決定が不透明だ。3期生以上の人ならわかるだろうが、選挙の前に突然マニュフェストが8から7に減った事がある。どこで誰が最終決定するのかわからないのが民主党だ」(衆院議員)。

「開かれた会議で決まらずに、会長や座長の一任で物事が決まるのなら、400人の民主党議員は必要ないではないか。そもそも、専門でない座長が任命されているなど選び方自体が間違っている」(衆院議員)。

「現在は世界的な食糧危機が現実味を帯びてきているのではないか。米国は何故日本をTPPに引きずり込もうとしているのか。その理由がはっきりしない」(衆院議員)。

「会議に出ている我々が知らないのに、知り合いの記者(本人は元NHK記者)は、プロジェクトチームの今後の日程を持っている。おかしいのではないか」(衆院議員)。

「今までの会議では、政府の説明は明確な情報がなく、客観的事実の羅列だけになっている。政府としての戦略はないのか」(参院議員)。

「EPA FTAは大賛成。TPPは大反対。規制緩和の範囲が全くわからない。雇用問題が重要だ。今は産業空洞化をどう食い止めるかが先の問題だ」(衆院議員)。

「我々がどう発言し、どのような行動をとっているのかを明らかにするためにもマスコミに議論の場を公開すべきだ」(衆院議員)。

 仙石氏らは、こうした反対派の声を一過性のものとして、会合自体を「ガス抜き」の場と考えていたようだが、どうも収まりそうにもない。

 TPP参加による影響が、農業分野だけでなく医療や金融にも及ぶことが伝わりはじめ、前述した三師会をはじめ反対を意思表示する業界・団体が増えているのだ。

 TPP参加への賛成、反対をめぐって、政界再編の可能性に言及する議員もおり、事態は予断を許さない状況となっている。 

 野田政権に求められているのは、TPPに関する丁寧な説明だ。それなくして一部の政治家が国の将来を左右する重大決定を下すことは許されない。

 

 



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