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原発の功罪(5)「恩恵と困惑」

~山口県上関町の現実~

2011年9月22日 10:45

 人口約3,500人に過ぎない町の選挙が、全国的な注目を集めている。
 20日告示、25日投・開票の山口県上関町長選は、原発建設に対する賛否を問うおそらく最後の戦いであると同時に、原発賛成・反対の各陣営に、原発抜きの町づくりを視野に入れた政策の提示が求められるという難しいものとなっているからだ。
 建設計画が持ち上がって約30年。そこには原発推進か否かで町を二分し、揺れ続けてきた地域の歴史がある。
 原発に頼らざるを得なかった過疎地の実情がある一方、自然と安全を守るため、カネに目もくれず反対を貫き通した人々もいる。
 原発推進派が最大の拠りどころとしてきたのは、原発を電力の柱に据えてきた「国策」。そして今度は脱原発に向かって舵を切り始めた「国策転換」の現実に反対派が勢いづく。
 いったん原発の「恩恵」を受けた町に、新たなビジョンは描けるのだろうか・・・。

過疎の現実
  山口県が公表している県内市町村の統計データによれば、平成20年10月の時点で、上関町の0歳から14歳までの人口は190人、15歳から64歳までが1,501人となっている。65歳以上が1,650人を超えており、高齢化は年々進んでいくと見られる。
 15歳以上の就業者数は約1,600人あまりだが、漁業のほかにとりたてて産業というものは見当たらない。
 町に入れば、かつてのNHK連続テレビ小説「鳩子の海」に由来するてんぷら店が目に付く程度だ。
 小さな役場の中には、都会では珍しくなった「ハエ取りリボン」が数本ぶらさがっており、漁港であることの印象ばかりが強く残った。
 gennpatu 283.jpgのサムネール画像
 統計上も、この町の規模の小ささは歴然としている。保育園児57人、小学校児童数88人、中学生48人、自動車保有台数955台・・・。データが取られた年はすべて同じではないが、町人口や世帯数を含めて、どの数字も山口県のなかでは最低レベルだ。
 福島第一原発の事故が起きていなければ、「誘致できるのは原発しかなかった。町の現実も考えてほしい」(原発賛成派の町民)という声に、真っ向から反論することはできなかったかもしれない。
 そうした過疎地の常とはいえ、「病院」はなく、一般診療所が7箇所、歯科診療所が2箇所あるものの、上関町在住の医療従事者数は医師1人、歯科医師1人、薬剤師0、看護師・准看護師20人となっている(平成20年12月の数字)。
 
 写真は、中国電力が上関原発建設計画を進めてきた同町長島にある四代地区の遠景だが、陸続きで住民が住む地域としては、ここが原発予定地の直近ということになる。

恩恵
 gennpatu 278.jpg四代地区に入ると、そこかしこに縁台やら椅子やらに腰掛け、世間話に花を咲かせるお年寄りたちの姿ばかりが目立つ。訪れたのは夏休み期間中だったが、子どもの姿は一度も見かけない。歓談中の何人かに話を聞いてみた。
 「ここ(上関町)には原発しかないよ。祝島の方は反対するけど、原発しかなかった。こちらは反対派の声も聞いてもらえるけど、祝島で『原発賛成』と言えば生きていけないよ。原発を誘致することになって、集会場もできたし、診療所もできた」(60代女性)。
 祝島については別稿で詳しく述べるが、女性の目線の先にあったのは「ひなの里よりあい館」の建物。
 聞けば建物の半分が地域の集会場で、向かって左側が診療所になっているのだという。

gennpatu 277.jpg  gennpatu 276.jpg

 医師は毎週木曜日に診療所を訪れ、午後2時から4時までの2時間だけ診察するのだそうだが、それでも「助かってる」(前述の女性)と笑う。
 建物の左下にある「電源立地等初期対策交付金施設」の表記が目立っていた。

 原発の「恩恵」は、建設前からこのような形でもたらされているのである。 

 電源3法交付金を中心とするいわゆる「原発マネー」は、麻薬と同じだ。いったん「恩恵」を受けてしまえば、もう止まることなど考えられなくなる。
 原発マネーがなければ、自治体としての運営ができない状態に追い込まれ、「原発は危険だ」という正論にも耳をふさいでしまうことになる。
 
 町内には原発マネーをあてにした温浴施設の建設が進められているが、上関原発の建設が中止されれば、たちまちその維持費の捻出さえ難しくなる。原発ができなければ財政破綻する可能性さえあるということだ。

拡がる困惑  
 原発マネーの「恩恵」は、確実に「自治」の力を奪っていく。しかし上関町は、すでに原発建設前の段階で「恩恵」を受けてしまっており、簡単に「脱原発」とは言えない状況だ。
 
 一方、政府は原発の新増設は困難との見解を示したものの、個別の計画についての判断は下していない。
 事実上、着工していた形の上関原発がどうなるのか、誰にもわからない中で町長選挙に突入しているのである。

 今回の上関町長選挙が、単に原発賛成か反対かで争われた過去8回の構図と違うのは、賛成派でさえも原発抜きの町運営を視野に入れざるを得ない事態となっているからだ。
 
 住民の間に困惑が拡がっているのは言うまでもないが、25日の投・開票日には、住民自身が町の未来を決めることになる。



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