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SPEEDI 初動に重大ミス判明

10条通報、文科省に伝わらず被曝拡大?

2011年9月12日 08:35

 今年3月11日の東日本大震災によって引き起こされた東京電力福島第一原子力発電所の事故に際する国の安全対策で、初動時に信じられない重大なミスが起きていたことが明らかとなった。

 原発事故発生にともない、迅速な住民避難のための放射能拡散予測を行なう「SPEEDI」システムを所管するのは文部科学省だが、9日までのHUNTERの取材で、原発の事故を示すいわゆる「10条通報」が発せられた事実が、どこからも同省に伝えられていなかったことが判明した。
 
 事故当日、最初に東電側から10条通報を受けた経済産業省は文科省へは連絡しておらず、連絡義務があった東電が発信したと主張するFAXは、文科省に届いていなかった。
 経産省、文科省、東電、それぞれが事実関係について認めている。
 
 国が定めたマニュアルが機能しなかったことで、結果的にSPEEDIの緊急時対応は1時間前後遅れ、放射性物質拡散データが不十分なものになった可能性が否定できない。
 国の原子力防災対策の杜撰さが改めて浮き彫りになった形だ。

10条通報
 gennpatu 368.jpg原子力災害対策特別措置法(以下、原災法)第10条は、原子力災害が発生した場合について「原子力防災管理者の通報義務等」として次のように規定している。
《原子力防災管理者は、原子力事業所の区域の境界付近において政令で定める基準以上の放射線量が政令で定めるところにより検出されたことその他の政令で定める事象の発生について通報を受け、又は自ら発見したときは、直ちに、主務省令及び原子力事業者防災業務計画の定めるところにより、その旨を主務大臣、所在都道府県知事、所在市町村長及び関係隣接都道府県知事(事業所外運搬に係る事象の発生の場合にあっては、主務大臣並びに当該事象が発生した場所を管轄する都道府県知事及び市町村長)に通報しなければならない。この場合において、所在都道府県知事及び関係隣接都道府県知事は、関係周辺市町村長にその旨を通報するものとする》。

 これまでに 政府が公表した内容が正しければ、東電・福島第一原子力発電所の原子力防災管理者である同発電所の所長から、「全電源喪失」という特定事象発生にともなう「10条通報」が、経済産業大臣、福島県知事、大熊・双葉両町長に発信されたのが15時42分(参照)。
 gennpatu 367.jpgIAEA閣僚会議に対する日本国政府の原発事故報告書にも「事故発生後の緊急時対応」として次のように明記されている。 
《3月11日15時42分、原子力発電所の安全規制を担当する経済産業省は、原子力事業者からの原子力災害特別措置法(平成11年法律第156号。以下、「原災法」という。)第10条通報(運転中の全交流電源喪失)を受け、原子力災害警戒本部及び同現地警戒本部を設置した。
 3月11日16時00分、原子力安全委員会は、臨時会議を開催し、緊急助言組織の立上げを決定した》(参照)。
 経済産業省原子力安全・保安院は、「15時42分」に10条通報を受けていたということになる。

SPEEDI、遅れた緊急時モードへの切り替え
 原発事故が起きた場合に、周辺住民にとってもっとも重要なのは、迅速に安全な方向へ住民避難を行なうことである。
 そのために開発された緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「SPEEDI」だが、今年3月11日の東日本大震災の発生にともなう福島第一原発の事故では、肝心の初期段階ではなく震災から12日後の3月23日に初めて放射性物質の拡散予想データの一部を公表。結果的に期待された役割を果たせなかったことで厳しい批判を浴びた。
 SPEEDIを所管する文部科学省などによると、地震発生によって排気筒のモニターが壊れ、必要な放出源情報が得られなかったためデータを公表しなかったとしてきたが、SPEEDIの初動への疑問は払拭されていなかった

 SPEEDIシステムについては、文科省が原子力防災管理者から「10条通報」あるいは「15条通報」といった特定事象発生の報告を受けた場合、システム運用の業務を請け負っている文科省の天下り法人「財団法人 原子力安全技術センター」(以下、原安センター)に対し、平常時モードから緊急時モードへの切り替えを指示しなければならない。

 HUNTERのこれまでの取材では、文科省がSPEEDIの緊急時モードへの切り替えを行なった時間について、原安センター側は16時49分と回答し、文科省側は16時40分としていることや、文科省内に切り替え指示を行なった正確な時間を証明する記録が残されていないことがわかっていた。
 
 仮に、文科省側が主張する切り替え指示の時間が16時40分だとしても、東電側からの10条通報から58分、約1時間が経過していたことになる。
 迅速な住民避難のために不可欠とされる放射能拡散予測において、1時間の遅れは致命的だ。
 なぜ緊急時モード切り替えまでこれほどの時間を要したのか?HUNTERが注目したのは、文科省側が「10条通報」の事実を認識した時刻だった。

経済産業省―「文科省へは連絡していない」 
 前述したとおり、原災法では、10条通報の相手先として経済産業大臣および原発が立地する県の知事と当該自治体の市町村長を定めている。
 福島第一原発で、10条通報にあたる特定事象が起きたことを最初に確認したのは政府内では経済産業省だったことになる。
 所管の経済産業省原子力安全・保安院に文科省への連絡の有無について確認したところ、「経済産業省側から文科省側に10条通報があった旨を伝えた事実はない」と回答。
 連絡しなかった根拠として、省庁間の内規で《文部科学省は、原子力災害対策特別措置法10条に基づく通報を受けた場合、原子力安全技術センターに対し、ただちにSPEEDIネットワークシステムを緊急時モードとして、原子力事業者または安全規制担当省庁から放出源情報が得られ次第、放射能影響予測を実施するよう指示する》と決められているからだと言う。
 経済産業省側に文科省への連絡義務はなく、10条通報の事実を伝えるのは東電の義務だとしている。
 
 原子力災害時にもっとも早く情報を得る立場の経産省が、迅速な住民避難のためのシステム運用を所管する文科省に特定事象発生の連絡を行なう義務規定がなかったということになる。
 「日本の原発は重大事故を起こさない」という手前勝手な思考に基づく杜撰な安全対策が、被曝の拡大を招いたと言っても過言ではない。

文部科学省―「10条通報のFAXは受信していない」
 それでは、文部科学省が10条通報に該当する特定事象が起きたことを知ったのはどの時点なのか?
 今月5日に文科省に対し確認を求めてから3日後の8日、ようやく得た回答をめぐるやりとりはおよそ次のようなものだった。

 記  者 文科省が10条通報の事実を確認した時刻を示す記録文書はあったか?
 文科省 省内に事業者(東電)側から10条通報を受けたことを示す文書の存在は確認できていない。マニュアル的には事業者の方から連絡をもらうことになっているが、確認している限り、事故の当初にFAXなり電話なりで連絡をいただいたという記録もしくは記憶といったものは残っていない

 記  者 10条通報の事実は何時、どのようにして知ったのか?
 文科省 省内の話を総合すると、震災後に保安院のほうに事故の状況を聞いたなかで、記憶ははっきりしないが、3月11日の16時15分頃、こちら(文科省)から保安院に電話したことに対する返電で、すでに10条通報が行なわれていることを知った。

 記  者 東電からの連絡はなかったのか?
 文科省 先ほど話したとおり、FAXなり電話なりで連絡をいただいたという記録もしくは記憶といったものは残っていない。念のため東京電力に確認したところ、10条通報をFAX送信したが、回線の混乱などでこちら(文科省)には着いていなかったと言っている。東電は10条通報についての連絡をFAXによる一斉送信で行なうことになっていた。

 記  者 文科省は、15時42分の10条通報から1時間遅れでSPEEDIの緊急時モード切り替えを原安センター側に指示している。10条通報の事実を実際より早く知っていれば、違うデータを得られたのではないか?
 文科省 SPEEDIは1時間ごとのデータを使用するため、1時間前(事故発生直後)に緊急時モードに切り替えていれば、その時点での風速・風向に基づく予測がなされたことになる。

 原発事故による10条通報という住民の生命に関わる連絡を、「一斉FAX」という甘い連絡体制に頼っていたことは、国の安全対策の不備を象徴するものだ。
 さらに、10条通報から1時間のロスが生じ、初動が遅れたことで、より正確な放射性物質拡散データが得られたはずの機会を逸した可能性が高くなった。

東京電力―「FAX送ったが確認できない」
 一方、10条通報連絡の責任を国から押し付けられた形の東京電力は9日、HUNTERの取材に対し、広報が次のように説明した。「10条通報の事実は、たしかに一斉FAXで関係省庁などに送信しているが、FAX回線が混雑していたと思われ、文部科学省にFAXが届いたかどうかは確認できていない。その後、電話による情報共有は行なっていた」。

 「お粗末」では済まされない致命的なミスでありながら、10条通報が文科省に届いていたかどうかの確認さえ取れていないのだ。
 
 文科省側が東電側から聞き取ったという話では、東電が送信したとする10条通報についての一斉FAXは、回線混雑のためか届かなかったケースが多数あったという。
 東電は、届いていないと考えられる相手先に再度FAXを送ったというが、文科省は一度もFAXを受信していないことを強調している。
 現時点では、10条通報に関する東電側と文科省側の主張は真っ向から対立していることになる。

 前述のとおり、文科省は東電から電話連絡さえも受けていないとしており、事実なら東電側に重大なミスがあったことは明白だ。
 SPEEDIに対する認識の低さは、つまり住民避難の重要性にまったく配慮してこなかった同社の体質をあらわしている。
 
無責任な原子力防災態勢
 FAXを「送った」とする東電、「受け取っていない」と主張する文科省。
 正確な記録が残っていない以上、どちらの言い分が本当なのかは判断がつかない。 
 東電と文科省が責任を押し付け合っている形だが、原発を所管する経済産業省側の住民避難に対する無責任な姿勢にも大きな問題があることは否めない。
 そもそも、10条通報が発せられた場合に、原発を所管する経済産業省からSPEEDIを所管する文部科学省に連絡する規定がなかったこと自体が問題である。
 さらに、東電からの連絡方法をFAXのみに限定し、次善の策を用意していなかったことは怠慢以外のなにものでもない。

 SPEEDIには、「迅速な住民避難に資する」という目的で、これまで120億円以上の税金を投入したうえ毎年10億円前後の運用経費をかけている。
 緊急時モードへの切り替えにあたって、前提となる肝心の10条通報が届かなかったという信じられない初動時のミスは、事実上SPEEDIの存在意義を失わせたに等しい。

 どんなシステムを用いても、運用する国や原発事業者である電力会社に原子力防災への意識が醸成されていない以上、国民の安全は守れない。
 膨大な放射性物質を放出した福島第一原発の事故が、多くの人に被曝を生じさせたのは紛れもない事実だ。
 被害拡大の最大の原因は、原発事故の直後に、迅速で的確な住民避難の指示がなかったことに尽きる。
 住民避難の道しるべとなるはずのSPEEDIが機能しなかったことで、さらに被害が拡大したとも見られるだけに、初動のミスを見過ごすことはできない。

 震災から6カ月経っているというのに、原発事故に関する真相を隠し、責任の所在を曖昧にしたまま、原発再稼動の是非だけを先行させるのは間違いである。
 無責任国家に原発を動かす資格などない。



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