「計画段階のもの(原発)を新しく建設することは難しい」。5日、報道各社のインタビューに応えた鉢呂吉雄経済産業相は簡単に言ってのけたが、首相も経産相も原発建設という、いわば禁断の果実に手をのばさざるを得なかった過疎地の苦悩や現実については一切触れていない。
エネルギー政策の転換を図るという方向性は決して間違いではない。しかし、原発が「国策」として進められてきたものである以上、建設に同意した自治体に対して、一定の配慮は必要のはずだ。
いったん原発マネーの恩恵を受けてしまえば、町づくりの柱に原発を据えようとする動きは加速していく。原発立地予定の市町村は交付金頼りの行政に陥り、自治意識の欠如を招くばかりか、原発推進をめぐって賛成・反対で地域を2分、対立や混乱を招いてきたことは事実だ。
政府は、「国策」が誤りであったことへの謝罪をし、動揺する地域に対する今後の対応を示すべきではないだろうか。
山口県上関町の現状は、国が招いたものでもある。
消えた交付金
今年2月、山口県は中国電力が計画を進める上関原発の建設を前提とした「電源立地地域対策交付金」(促進対策分)の県内自治体への配分額を公表した。
建設着工を見込んだもので、上関に隣接もしくは隣々接する県内自治体分が約86億円、上関町には立地自治体分として別途約86億円が複数年に分けて交付される予定だった。公表された内訳は、およそ次のような金額になっている。
・柳井市 約23億円
・平生町 約22億円
・田布施町 約16億円
・光市 約14億円
・周防大島町 約12億円
・上関町 約86億円
ところが原発建設で特需を迎えようとしていた矢先に福島第一原発の事故が発生、状況は大きく変化する。
交付金支給の対称となっていた柳井市、平生町、田布施町、光市、周防大島町の議会が、相次いで原発建設の凍結を求める決議を行なったのである。
同様の決議は、山口市、岩国市、防府市、周南市、下松市、宇部市、山陽小野田市でも行われ、7月8日には山口県議会で地方自治法99条に基づく意見書が採択される。
意見書では《上関町における原子力発電所の建設が計画されているが、国の責任において、国全体のエネルギー政策の見直しの中で、上関を含む原子力発電所の新増設計画の位置づけの明確化や万全な安全体制の確立など、下記に掲げる諸課題の解決がなされない限 り、本建設計画を一時凍結せざるを得ない状況と考える》としたうえで、次のような要望事項を明記している。
1 福島第一原発事故の早期収束。
2 福島第一原発事故の原因の徹底究明と安全指針等の見直し。
3 原子力安全・保安院の経済産業省からの分離など、国の安全規制・監督体制の あり方の見直し。
4 原発の安全対策等についての積極的な情報提供と、国の責任の明確化。
5 自然エネルギーの導入促進。中・長期のエネルギー基本政策について抜本的な見直し。
原発建設を「中止」とせずに「凍結」とする姿勢は、国の方針次第では再び建設に向かう可能性も残したものと見られる。
しかし、野田新政権が新規原発の建設に否定的な姿勢を鮮明にしたことで、前述した原発建設促進のための巨額な交付金が実際に支給される見込みは皆無となっている。
合計172億円の交付金が消えたということだ。
展望描けぬ上関町
もともと上関町以外の周辺自治体では、原発建設への反対意見が根強く、交付金受給の申請自体に慎重なところもあった。支給が止まったことで多少の影響はあるはずだが、住民の原発への不信・不安はそのマイナスを消し去るほど大きくなっている。
深刻なのは上関町である。福島第一原発の事故に直面し、原発は安全だとする国や電力会社の言い分が虚構だったことが明らかになったいま、原発を地域発展の柱に据えることは間違いであると言うのはたやすい。しかし、「国策」に呼応し、原発建設に町の未来を託した上関町を責めることはできない。現実に、この過疎の町は来年からどうやって町づくりを進めればいいのかわからなくなっているのである。
上関原発をめぐっては、同町祝島の住民をはじめ原発建設の反対運動に長い歳月を費やしてきた人々も多く、町内に生じた溝は深い。
住民一丸となって地域再生の未来像が描けるかどうかはこれからにかかっており、まさに「自治」とは何かが問われる事態だ。
今月、上関町では町長選挙が行なわれる。原発を推進してきた現職に対し、対抗馬擁立を模索する動きがあるというが、争点は原発ではなく「新たな町づくり」へのビジョンの有無ではないだろうか。
建設計画が持ち上がって約30年。着工直前まで揺れ続けてきた上関町を通して、原発の功罪についてさらに詳しく報じていく。