文部科学省が所管する緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム「SPEEDI」をめぐる杜撰な運用実態が浮き彫りとなった。
同システムは、原発事故が発生した場合、ただちに「緊急時モード」に切り替えることが必要となるが、今年3月11日の東日本大震災にともなう東京電力福島第一原子力発電所の事故発生後、1時間以上も経って切り替え作業を開始したことに加え、切り替え指示の記録そのものが文科省に残っていないことが判明した。
同省は、根拠がないまま切り替え指示の時間を「16時40分」としていたことになる。
SPEEDI
同システムは、原発事故にともなう放射能放出が起きた場合、その拡散状況を放出源情報、気象条件、地形データ等を基に予測し、迅速かつ的確な住民避難の判断材料を提供する目的で開発されたもので、昭和61年の運用開始から120億円以上の税金がつぎ込まれてきた。開発費とは別に、毎年10億円前後をかけて文科省の天下り団体「原子力安全技術センター」に同システムに関する業務委託を繰り返していたことも分かっている。
切り替え指示の記録「不開示」
HUNTERは、業務委託の仕様書に記された《原子力災害対策特別措置法第10条または第15条該当事象に至った際は文部科学省の指示によりSPEEDIシステムを緊急時モードに切り替え》という一文に注目。「緊急時モード」に切り替えが行なわれた時間を確認するため、4月26日から27日にかけて文部科学省に確認取材していた。
所管する防災環境対策室は「正直、ここ(防災環境対策室)では分からないというのが実際のところ。文部科学省のほかの部署でも答えられないと思う。うち(文科省)には、緊急時モードへの切り替え指示についての記録もないのではないか」と回答。
一方、業務を受託している「財団法人 原子力安全技術センター」側は「緊急時モードへの切り替え指示は、3月11日の16時49分に受けた」と断言していた。
曖昧な対応に終始する文科省に対し5月14日、緊急時モードへの切り替え指示を出した時間がわかる文書の情報開示請求を提出したが、決定期限を一ヶ月延長した末、昨日(21日)になってやっと決定通知が送られてきた。当該文書は「不開示」。つまりSPEEDIの切り替え指示を出した時間を記録した公文書は文科省内には存在しないということだ。
「9分のズレ」事実歪曲はかる文科省
それでは、文科省としての切り替え指示は3月11日のどの時点で行なわれたのか、改めて同省に確認したところ、科学技術・学術政策局原子力安全課から「文部科学省は、3月11日の16時40分に、(財)原子力安全技術センターに対して、SPEEDIの緊急時モードへの切り替えを指示しております」とメールで回答してきた。
記録がない状況で、何を根拠に「16時40分」とするのか質したが、判然としない。文科省側は、曖昧な話をするばかりなのだ。
さらに、原子力安全技術センター側の「緊急時モードへの切り替え指示は、3月11日の16時49分に受けた」とする明快な回答とは「9分のズレ」がある。
この点についても文科省に確認を求めたが、数時間後の回答は「原子力安全技術センターに確認してみたが、センター側も3月11日の16時40分に切り替え指示を受けたとしている。お尋ねのあった時点で、切り替え作業の終了時間を聞かれたと考え、作業終了時間をお伝えしたもの」と言い出した。とんでもない作り話である。
念のため、3月27日の原子力安全技術センターとのやりとりの詳細を記しておきたい。
記者:文部科学省から「SPEEDI」に関する"緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム調査"という業務委託を受けられていますが間違いありませんか。
センター:ああ、やってますね。
記者:業務委託の仕様書の2ページ目に、原子力災害対策特別措置法第10条または第15条該当事象に至った際は文部科学省の指示によりSPEEDIシステムを緊急時モードに切り替え、とありますが、この切り替え指示が文部科学書からそちら(センター)にあったのは3月11日のどの時点かわかりますか。文科省は何時何分だったかは分からないと言ってるんですが・・・。
センター:えーっと、ちょっと待って下さい。(11秒の間)緊急時モードへの切り替え指示は、3月11日の16時49分に受けてます。文科省からですね。よろしいですか。
作業終了時間など聞いておらず、「緊急時モードへの指示」が出た時間についてのやり取りしか行なっていない。文科省は、公式なものだという「16時40分」にこだわるあまり、事実関係までねじ曲げようというのだろうか。
「10条通報」から1時間後の切り替え指示
経済産業省原子力安全・保安院が公表した資料によると、福島第一原発の事故発生にともなういわゆる「10条通報」は、15時42分に行なわれたことが明らかとなっている。
文科省がSPEEDIの緊急時モードへの切り替えを行なった時間によっては、同システム運用の意義が大きく変わる可能性もあり、同省が「9分」の違いにこだわる理由はそのあたりにあると見られる。ただ、前述のとおり「10条通報」は15時42分に行なわれており、文科省の動きは1時間以上遅れてのものだったことになる。「9分」にこだわっても仕方がない状況なのだ。
露呈した隠蔽体質
SPEEDIが、迅速な放射能拡散予想を目的に整備されたシステムである以上、1分1秒でも早くその成果を関係機関に伝える必要がある。「9分」も遅い切り替え指示は文科省にとって、到底容認できるものではないだろう。しかし、記録も残していない状況で、どうして「16時40分」という公式見解を出せるのだろうか。
SPEEDIをめぐっては、データ公表の遅れをはじめ、システムに数々の欠陥があったことが指摘されている。原因が文科省の杜撰な運用態勢にあったことは、緊急時の記録文書さえないという事実が示している。
さらに、根拠もないまま事実をねじ曲げようとする同省の姿勢にはあきれるばかり。経済産業省や電力会社だけでなく、文部科学省も隠蔽体質を露呈した形だ。