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「国会」の必要性

2011年6月23日 10:30

 70日の会期延長が決まった「国会」だが、いまや"あってもなくてもいいもの"の代名詞に成り果ててしまった。(写真は今朝の首相官邸)
 
 会期末となった22日、衆議院本会議では民主党などの賛成多数で国会の会期を70日間延長することを議決したが、政治に対する国民の厳しい視線を無視し、延長期間を50日にするか70日にするか、ですったもんだした。
 この間の騒ぎは与野党の政策の違いに起因するものではなく、国民から見ると何をやっているのかさっぱりわからないといった状況だ。
 退陣表明した総理が居座り続けるという茶番劇にも、幕が下りる気配さえない。

 一夜明けた23日、複数の国会関係者に話を聞いたが、異口同音に「先が読めない」と言う。つまり、与野党ともに展望のない政争を続けているということだ。50日と70日の違いがどこにあるのかについても、それぞれ解釈が違う。
 説得力があると感じたのは、「9月になれば被災地の住民基本台帳が揃い、選挙が執行できる態勢となる。地方選ができるということは衆院選も可能ということ。50日では9月に届かないが70日ならOK。菅は解散・総選挙を狙っている」という衆院議員の話。
 権力欲にまみれた嘘つき総理が考えそうなことではあるが、不幸なのは国民である。
 公債発行特例法案や2次補正など、震災復興だけでなく国の根幹に関わる課題を積み残したままだというのに、国会内には弛緩したムードが漂っている。
 
 一方、国民生活の危機だというのに、政治に対する関心や期待は日増しに薄れていく。
 「誰がやっても同じ」と突き放す有権者の声に、「そんなことはない」と反論してきたが、永田町の現状を見ると、自説の撤回を余儀なくされそうだ。
 中学生の息子が会期延長に関するテレビのニュースを見ながら、「国会はなくてもいいね。お金のムダやね」と断言した。「生意気言うな」とたしなめる気にもならなかった。

 "国会がなくても国は動く"。決してそうではないのだが、おそまつな永田町の実態は、自らの存在意義を否定しているに等しい。国内外に「恥」を晒しているという自覚さえないようだ。

 国会は国権の最高機関であるということを、政治家は肝に銘じるべきである。もっとも、「肝があれば」、の話ではあるが・・・。



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