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僭越ながら:論

 「仕組まれたハードル」
   ~原発再稼動~
玄海町と県の判断資格を問う

2011年6月28日 11:10

 立地自治体と県の「同意」というハードル設定自体が仕組まれたものではないか?取材を進めるにつれ、そうした疑問がふくらんできた。

 玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)2号機・3号機の運転再開にあたっては、地元玄海町と佐賀県の同意を最低条件としてきた九州電力だが、そもそもこの条件自体、国や原発事業者が勝手に設定したものだ。
 原発からの距離と福島第一原発の事故によって生じた放射性物質の拡散状況を考えれば、玄海原発が長崎や福岡の県民に無縁であるはずがない。
 玄海町に隣接する唐津市はもちろん、原発から10キロ、20キロという位置にある自治体の意向が何も反映されないまま、原発容認の方向性を決めるのは早計だ。
 
 万が一、玄海原発に事故が起きた場合は、玄海町だけでなく、多くの市町村を放射能の恐怖が襲うことになるにもかかわらず、玄海町と佐賀県だけに原発再稼動の是非を判断させるという。
 私たちは、"いつ"こうした方向性を容認したのだろう。

奪われた発言権
 玄海原発の再稼動問題では、国や九電の発表する内容が新聞やテレビを通じて読者・視聴者に垂れ流されてきた。
 福島第一原発の事故が、原発の「安全神話」を崩壊させ、思いもよらぬ広い範囲に被害を及ぼすことが明らかになるなか、どのメディアも「運転再開への条件」に異議を唱えていない。
 玄海原発の運転再開が全国の原発行政を左右する展開となっているにもかかわらず、玄海町や佐賀県だけにその判断を委ねることの危険性にはほとんど触れられていないのだ。
 これこそ国や九電が狙った"議論の矮小化"であり、まんまと乗せられたメディアの不作為は責められるべきだろう。
 原発再稼動への意思表示権者を、玄海町長と佐賀県知事に限定されたことで、「将来の被害者」は知らぬ間に発言の舞台を奪われていたのである。

報じられない玄海町の実態gennpatu 62637.jpg
 にわかに注目された佐賀県玄海町に、原発や国民の未来を決する資格がないことは、これまでHUNTERが報じてきたとおりだ。
もう一度、玄海町の現状を整理してみた。
1、 町政トップの岸本英雄町長は、原発利権で潤ってきた地場ゼネコン「岸本組」と表裏一体の関係であるうえ、選挙で自派町議に現金を支払ったり、自身の資産管理に疑義が生じるなど、政治家としての資質に疑問符がついている。
2、 玄海町には、原発関連の雇用や電源3法交付金に依拠した過剰とも言える公共事業がもたらされてきた。
3、 玄海町は情報公開の請求権を町民にしか認めておらず、事実上の鎖国状態。玄海原発や町政に関する詳しい情報が開示されていない。
 
 大半のメディアは、こうした背景を取材することもなく、玄海町長や議会側の発言を追いかけ回してきただけで、九電や国の思う壺となっていることに気づいてさえいない。
 メディアの果すべき役割は、福島第一原発の事故がもたらした現実を踏まえ、玄海原発について、より広範な議論を巻き起こすための材料を提供することのはずだ。
 例えば、疑惑まみれの町長とわずか12名しかいない町議会の関係、原発関連の雇用や交付金によってがんじがらめとなった町の実態などを知れば、この町に原発容認の可否を問うことの意味を多くの国民が考えるだろう。
 しかし、大半のメディアは玄海町長のコメントを取ることだけに血道を上げ、報ずべき同町の実態については満足な取材さえしていない。

報道への疑問 
 電力の需給状況についての報道も大切だが、電力会社の言い分をそのまま報じるのではなく、しっかりとした検証が必要であることは言うまでもない。玄海原発の運転再開にからんで、九電は当初、火力発電用燃料の不足を言い立てたが、石油連盟会長が「燃料は十分確保されている」と発言したことで沈黙。大規模な節電要請まで引っ込めてしまった。
 玄海原発の運転再開を急ぐ九電の話に信頼が寄せられないという現状は、九電自体が招いたものと言えよう。
 同様に、根拠が示されないまま「原発は安全」とする国や電力会社の姿勢にも同意する国民は少ない。

 全国的にエネルギー政策を見直す意識が形成されたのは、福島第一原発の事故と、その詳細な内容を隠蔽する国や東電の姿勢が報じられたからこそ。玄海原発の運転再開問題についても、玄海を取り巻く状況や方針決定に連なる人たちの背景を、丹念に取材し、報じる必要があるはずだ。
 しかし、現実には運転再開の鍵を握る玄海町長や古川佐賀県知事の発言だけが注目され、議論は矮小化される一方。
 「何故、玄海町長と佐賀県知事だけに原発運転再開の判断を委ねるのか」という素朴な疑問さえ呈されていない。

仮説gennpatu 62754.jpg
 仮説ではあるが、経済産業省や九電は、玄海町や佐賀県が最終的には運転再開に同意することを見越して、「立地自治体と県」という"高そうなハードル"を設定して見せた可能性が否定できない。
 
 報じてきたとおり、玄海町には反対にまわる要素がない。佐賀県に関しては、これまで県側が九電側から多額の寄附を受けたこと、古川知事が九電役員から献金を受けてきたことなどの事実があり、どこまで運転再開に待ったをかけ通せるかわからない。
 古川知事の動向を見てきたが、国や九電に批判的な発言を繰り返しながら、節目ごとに態度を軟化させている。
 26日に行なわれた経産省の県民向け原発説明番組のあと、これを評価する発言をしたが、批判の嵐に方向転換を余儀なくされ、より多くの県民を対象とした説明会の開催に言及している。しかし、知事が目指しているのは運転再開を県民に納得させる状況をどう作り上げるかという一点のようだ。結論は出ていると見るがどうだろう。
 
 玄海原発の運転再開問題では、反対することのない玄海町長と佐賀県知事に判断を委ねる状況を作り、紆余曲折を経て最終的に同意を取り付けるというシナリオが用意されていたのではないか。疑念は深まるばかりだ。
 
 一部の利害関係者が原発の是非を判断することに胡散臭さが漂うのは事実。国や電力会社が超えるべきハードルは、より多くの国民の意見を以って設定されねばならない。



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