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自民党改憲案と「統帥権」の時代

2016年5月30日 08:10

統帥 主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)に出席するため来日した米国のオバマ大統領が、被爆地ヒロシマを訪問した。歴史的な出来事とはいえ、原爆ドームの時は止まったまま。大量虐殺兵器を使用した米国は、何の責任も取っていない。
 一方、米軍普天間飛行場の辺野古移設に揺れる沖縄では、海兵隊の軍属が二十歳の女性を殺害するという事件が発生。県土の大半が米軍基地という状態のなか、蛮行が繰り返されている。71年経っても、この国の戦争は終わっていない。
 国内の焦点は夏の政治決戦に移りつつあるが、参院選で最大の争点となるのは憲法改正の是非。自・公が3分の2を超える議席を獲得する結果になれば、自民党憲法改正草案が導く軍事国家が現実味を帯びることになる。
 自民党の改憲案に明記された新9条や緊急事態条項が想起させるのは、紛れもなく戦前。その戦前には、司法、立法、行政の三権はもとより憲法をも超越した大権が存在したことを忘れてはならない。軍部の暴走を招いた「統帥権」である。

「統帥綱領」・「統帥参考」
 統は「まとめおさめる・すべる」、帥は「軍の将・ひきいる」。統帥とは、軍隊を掌握して動かすことだ。昭和初期から敗戦に至るまでの日本を動かしたのは、明治憲法でも天皇でもなく、陸軍参謀本部と海軍軍令部(合わせて「大本営」)。根拠となったのが「統帥権」であり、そのことを証明する一冊の本がある。

 昭和3年、陸軍参謀本部は作戦遂行のための要諦を示した「統帥綱領」を策定。7年には、統帥の本義を説くための「統帥参考」をまとめ、それぞれ一冊の本にしていた。2冊とも「軍事機密」。閲覧が許されていたのは、一部の高級将校や陸軍大学の生徒だけだった。戦後、昭和30年代に旧軍人の集まりである偕行社が一冊にまとめ復刻・出版。世にその内容が知られるようになった。

統帥1.jpg 統帥2.jpg

憲法・三権を超えた「統帥権」 
 このうち、統帥とは何かを記した「統帥参考」の記述は、軍部が立憲主義を否定した証と言うべきものだ。第一章「一 兵馬ノ権ハ大権二属ス」から、軍部独走の正当化が始まっている。(原文の旧字体は新字体に。( )内のひらがなはHUNTER編集部)

 帝国ノ軍隊ハ皇軍ニシテ其(その)統帥指揮ハ悉ク(ことごとく)統帥権ノ直接又ハ間接ノ発動ニ基キ 天皇ノ御親裁ニ依(よ)リ実行シ或(あるい)ハ其御委任ノ範囲内ニ於テ各統帥機関ノ裁量ニ依リ実行セシメラルルモノトス

 日本軍は皇軍。軍隊への命令は、天皇の持つ統帥権に基づき発動されるが、裁量・実行するのは「各統帥機関」――すなわち陸軍参謀本部と海軍軍令部だと断言しているのである。その上で統帥参考の編者は、「二 統帥権独立ノ必要」で統帥権が法(この場合は、憲法を含むすべての法令)を超える存在であると宣言する(下参照)。

 政治ハ法ニ拠(よ)リ統帥ハ意志ニ拠ル 一般国務上ノ大権作用ハ一般ノ国民ヲ対象トシ其生命、財産、自由ノ確保ヲ目的トシ其行使ハ『法』ニ準拠スルヲ要スト雖(いえども)統帥権ハ『陸海軍』ト云フ特定ノ国民ヲ対象トシ最高唯一ノ意志ニ依リテ直接ニ人間ノ自由ヲ拘束シ且其最後ノモノタル生命ヲ要求スルノミナラス国家非常ノ場合ニ於テハ主権ヲ擁護確立スルモノナリ 之ヲ以テ統帥権ノ本質ハ力ニシテ其作用ハ超法的ナリ―(以下省略)―

 政治は法に縛られるが、統帥は執行者の意思にのみ縛られる。そして統帥権は、法を超越する力だと説く。統帥権が、三権分立を定めた明治憲法の上にあるという解釈。参謀たちは、必然的に政府や議会を見下すようになる。「三 統帥権ト議会トノ関係」では、議会の統帥への関与を真っ向から否定している(下参照)。

 陸海軍ニ対スル統治ハ即チ統帥ニシテ一般国務上ノ大権カ国務大臣ノ輔弼スル所ナルニ反シ統帥権ハ其輔弼ノ範囲外ニ独立ス 従テ統帥権ノ行使及其結果ニ関シテハ議会ニ於テ責任ヲ負ハス議会ハ軍ノ統帥指揮竝(ならびに)之カ結果ニ関シ質問ヲ提起シ弁明ヲ求メ又ハ之ヲ批評シ論難スルノ権利ヲ有セス

 統帥は、国務大臣の輔弼の範囲外。すなわち一般行政とは無関係だと断り、さらに軍事行動とその結果について、議会は質問も批判もできないというのである。軍隊が自国の制度のすべてを否定したという意味においては、一種のクーデターと言っても過言ではあるまい。

 ≪統帥権ノ本質ハ力ニシテ其作用ハ超法的ナリ≫、≪統帥権ハ其(国務大臣の)輔弼ノ範囲外ニ独立ス≫、≪議会ハ軍ノ統帥指揮竝(ならびに)之カ結果ニ関シ質問ヲ提起シ弁明ヲ求メ又ハ之ヲ批評シ論難スルノ権利ヲ有セス≫――憲法にも、行政にも、議会にも拘束されない――これこそ昭和初期の日本を暴走させた統帥権という化け物の正体だ。統帥の大権は天皇が有するが、書の冒頭で、裁量・実行するのは「各統帥機関」であることを謳っており、参謀本部や軍令部は事実上天皇より上の存在。この考えに立った統帥参考の編者は、同書「十六 非常大権」で統帥権を盾にした軍部の本音を明かしている(下参照)。

 兵政ハ原則トシテ相分離スト雖(いえども)戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テハ兵権ヲ行使スル機関ハ軍事上必要ナル限度ニ於テ直接ニ国民ヲ統治スルコトヲ得ルハ憲法第三十一条ノ認ムル所ナリ 而シテ比軍権ノ行使スル政務ニ関シテハ議会ニ於テ責任ヲ負ハス

 それまでの記述では、政(政治)と兵(軍事)の分離を原則としていた統帥参考が、戦時においては「兵権ヲ行使スル機関」=「参謀本部と軍令部」が、直接国民を統治するのだという。こうなると、軍が国家の経営者。昭和初期の参謀たちは、明治憲法31条『本章ニ掲ケタル条規ハ戦時又ハ国家事変ノ場合ニ於テ天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ』の『天皇』を『兵権ヲ行使スル機関』に置き換え、軍部独裁を強めていく。

 ちなみに、統帥綱領が策定された昭和3年には、関東軍による張作霖爆殺事件(満洲某重大事件)。 統帥参考が編まれた昭和7年には、上海事変、満州国建国、五・一五事件といった歴史に残る出来事が相次ぎ、対中戦争は泥沼化。戦線を太平洋にまで拡大させた参謀たちは、敗戦まで暴走を続けていくことになる。

自民党改憲案「緊急事態条項」との共通点
 ところで、統帥参考のいう「非常」とは、言うまでもなく戦争状態。今も昔も、戦争は「緊急事態」ということだ。かつての国家総動員法をなぞった自民党改憲案の緊急事態条項は、主として戦時を想定したもの。同草案には、『第九章 緊急事態』として次のように盛り込まれている(以下、自民党憲法改正草案より抜粋)。

第98条(緊急事態の宣言)
1 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

第99条(緊急事態の宣言の効果)
1 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。

3 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない

 自民党の改憲案によれば、「国防軍」のトップは内閣総理大臣。緊急事態において、国民は≪国その他公の機関の指示に従わなければならない≫のだという。自民党の改憲案を素直に読めば、戦時に≪国その他公の機関≫を代表するのは総理で、すなわち軍。軍のトップが、法を超越して国家を動かすという点、統帥権の時代と通底するものがある。

 広島、長崎ではいまも原爆の被害に苦しむ人がいる。沖縄の支配者は米軍だ。昭和初期、統帥権という化け物がまき散らかした毒が、現代の日本を未だに蝕んでいるのは事実。改憲で、時計の針を逆に回すことなど許されるはずがない。



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