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自民党改憲案と「戦前」の相似

2016年5月 6日 09:35

 gennpatu 1864410770.jpg各地で改憲派、護憲派それぞれの集会が開かれた5月3日の憲法記念日。この日に例年以上の注目が集まったのは、今夏の参院選で、憲法改正の是非が争点となる情勢になっているからに他ならない。

 安倍晋三首相が目指している新たな憲法の姿とは、平成24年に自民党が公表した「日本国憲法改正草案」に示されたもの。緊急事態条項で基本的人権や自由を制限し、戦前同様の全体主義国家を容認するというこの新憲法案を巡って熱い議論が展開されている。
 戦後70年をかけて築かれた平和国家の根幹を崩し続ける安倍首相と自民党。彼らが目指しているのは……。

熊本地震を利用する姑息さ
 自民党の憲法改正草案にある緊急事態条項は、戦争を遂行するためには基本的人権や個人の自由も制限できるとする考えに基づくもの。歴史を無視した戦前回帰の行きつく先が、安倍の主張する「美しい国」である。熊本地震を機に、政府・与党から緊急事態条項の必要性を訴える声が上がっているが、牽強付会もここまでくれば滑稽にしか映らない。

 そもそも、「災害対策基本法」で≪非常災害が発生し、かつ、当該災害が国の経済及び公共の福祉に重大な影響を及ぼすべき異常かつ激甚なものである場合において、当該災害に係る災害応急対策 を推進し、国の経済の秩序を維持し、その他当該災害に係る重要な課題に対応するため特別の必要があると認めるときは、内閣総理大臣は、閣議にかけて、関係 地域の全部又は一部について災害緊急事態の布告を発することができる≫と規定しており、災害対策のために、わざわざ憲法をいじって新たな根拠を求める必要などない。安倍政権と自民党が狙っているのは、戦争のための緊急事態条項。熊本地震を利用して危険な仕組みへの理解を求めるなど、日本の保守も堕ちるところまで堕ちたと言うしかない。

真の狙いは「9条」
 自民党の憲法改正草案が示す国家像は、現行憲法のそれとは真逆。平和の希求という崇高な理念を破棄した「戦争ができる国」だ。改正と言うより「改悪」だが、その象徴こそ安倍首相が現行憲法の中でもっとも変えたい「9条」の変貌ぶりである。現行憲法と自民党の憲法案はどう違うのか、比較してみた。

文書4.jpg

 9条1項の規定はほぼ同じように見える。しかし、国際紛争を解決する手段としての武力による威嚇や武力行使について、自民党案からは『永久にこれを放棄する』という強い意思表示が削除されており、代わりに『用いない』が採用されている。つまり、武力行使はできるが留保するということ。短い表現の違いだが、条文の意味合いはまるで違ってくる。

 1項で「9条」の精神をズタズタにしたため、国内右派が忌み嫌ってきた2項は、さらに酷い状況となる。自民党案では、『陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない』という武力拡大への抑制がなくなり、交戦権の否定も抹消。自衛権の発動という名目さえ立てば、交戦しても構わないという解釈が可能で、まさに箍(たが)を外した格好だ。9条そのものを戦争のための条文に変えるのは、安倍自民党が復活を目指す「軍」の規定のため。自民党案9条の2は、これまでなかった「国防軍」の規定となる。

文書3.jpg

 なんと、国防軍は治安維持活動も可能。軍法会議も復活だ。領土保全のための戦いには、国民も「協力義務」を負う。軍部が事実上の全権を握っていた昭和20年までの日本と、どこが違うというのか?「いや、戦後の日本はシビリアンコントロール(文民統制)が確立している」という声が聞こえてきそうだが、もはやその言い訳は通用しない。

危険な軍人の政治関与
 安倍政権は昨年、改正防衛省設置法を成立させ、背広組(防衛官僚)が制服組(自衛官)に優越して防衛大臣を補佐する仕組みだった「文官統制」を廃止し、双方の立場が対等になるようにした。これを受けた統合幕僚監部は、内局側に作戦計画策定に絡む権限の大幅移譲を要求するなど、軍人独走の兆しが見え始めている。シビリアンコントロールはもちろん、憲法も法令も運用する「人」次第。「政治の統制」が機能しなくなった場合、再び戦争の惨禍を招くことは必至だが、安倍政権下では既に軍人が政治を牛耳る状況が現実のものとなっている。

 昨年の国会。参院平和安全法制特別委員会で自民党の顔となったのは佐藤正久参院議員(下の写真左)。「ヒゲの隊長」として知られる元自衛官だ。防衛大臣はこれまた元自衛官の中谷元氏(写真左)。元自衛官二人が国会でやり取りする光景は、戦後の日本では初めてのことだった。

006-thumb-550x392-15035.jpg かつて、軍人が日本の舵取りを担った時代がある。昭和初年から敗戦の20年までに、内閣総理大臣に就任した人の数は15人。そのうち、9人が軍人だ

軍人宰相1.jpg 退役後、政治家への転身を図り立憲政友会の総裁となった田中義一は別として、あとは陸軍、海軍いずれかの代表。予備役の大将に大命が下るというケースがほとんどだった。軍部を抑えるには軍人を起用するしかなかったという背景があるのは確かだが、日本はこの時期に無謀な戦争へとひた走り、ついには敗戦に至る。唯一現役の陸軍大将から宰相就任を果たしたのが東條英樹。東條は、陸軍の目論み通り日本を太平洋戦争に突入させ、国民に塗炭の苦しみを強いた張本人である。洋の東西を問わず、軍が力を持った国家に国民の幸福がないことは歴史と今の世界情勢が証明済み。軍人の政治関与が強まる日本の現状が、危険であることもまた確かだ。

安倍自民党の正体
 自民党は3日、憲法記念日にあたっての次のような党声明を発表した。

 本日、憲法記念日を迎えました。

 現行憲法が施行されて以来、わが国は着実に平和と繁栄を築き上げ、国民主権、平和主義、基本的人権という普遍的価値は国民のなかに定着しています。一方で、時代の変遷や国内外の情勢の変化に伴い、現行憲法で足りない部分や対応できない課題も生じており、時代に即した憲法への改正を求める国民の声が高まっています。

 わが党は結党以来、一貫して自主憲法の制定を党是として掲げ、現行憲法の国民主権、平和主義、基本的人権の3つの基本原理を継承した「日本国憲法改正草案」を公表しました。

 憲法改正国民投票法や公職選挙法が整備され、憲法改正のための国民投票は、現実に実施できる状況にあります。今後は、衆参両院の憲法審査会や各党との連携を図るとともに、あらゆる機会を通じて国民各層の理解を得つつ、憲法改正原案の検討・作成を目指してまいります。

 憲法は、国民自らの手で、今の日本にふさわしいものとしなければなりません。憲法改正を推進するため、自由民主党は全力で取り組む所存です。これからも、わが党の主張を真摯に訴え、国民の皆様と共に議論を進めてまいります。

 引き続き国民の皆様のご理解をお願い申し上げます。

  • 「現行憲法の足りない部分、対応できない課題」とは何か?
  • 自民党案のどこが、国民主権、平和主義、基本的人権を継承しているのか?
  • 国民に憲法尊重義務を課した自民案が、どうして国民自らの手で作った憲法と言えるのか?

 自民党の中に、こうした疑問に答えられる議員がいるとは思えない。

 9割以上の憲法学者が安保法を「違憲」とするなか、これを無視して法整備を強行した安倍首相。その彼が、今度は「7割の憲法学者が、自衛隊に憲法違反の疑いを持っている状況をなくすべき」だから、憲法改正が必要なのだという。軍人の政治関与以上に危険なのは、こうしたご都合主義者が国の舵取りを行うこと。戦前も、軍部と結託した政治家がいた。



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