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日本国憲法 70年目の岐路

2016年5月 2日 10:25

 言うまでもなく、日本国憲法の下における主権者は国民。その国民に選ばれたのが、衆・参717人の国会議員だ。当然、主権者と政治家は同じ方向を向くはずだが、この国の現状はそうなっていない。
 安倍晋三政権は、主権者が望んでもいない安保法制や特定秘密法を最優先としてきたし、野党も離合集散を繰り返すばかりで何をしたいのか分からない。
 国民と永田町の距離は広がる一方だが、とくに乖離していると思われるのが憲法についての考え方である。日本国憲法の公布から70年。安倍首相は、今夏の参議院議員選挙で憲法改正を争点にする意向を示しているが、この国にとって改憲は喫緊の課題と言えるのか?

民意と政治の乖離
 5月3日の憲法記念日を前にして、西日本新聞が興味深い特集記事を掲載した。4月30日朝刊の『<憲法特集>九州・沖縄の国会議員アンケート』で、九州・沖縄選出の政治家たちに対して同紙が行った憲法に関するアンケート結果をまとめたものだ。

 改憲への賛否やその理由、緊急事態条項の必要性など12項目についての質問に対し、76人中62人が回答。その中で一番気になったのが、憲法改正に対する基本的な姿勢を問われた議員らの回答結果だった。

 改正の必要性を認めたのが50人。国民間の議論が重要などとして自らの考え方を示さない議員が4人で、必要なしと答えたのはわずかに8人しかいない。回答した62人のじつに8割が、改憲すべきだと考えていることになる。ちなみに、改憲を否定したのは共産党の2人と社民の1人、それに沖縄選出の野党系5人だ。

 改憲については国民の議論も分かれており、必要と考える人もいれば、必要ないと断言する人もいる。だが、これまで報道各社が実施した世論調査では、必要性を感じる人と感じない人の割合は同じくらい。改憲論者が8割もいる九州・沖縄の議員意識とは、かなりのズレがある。改憲必要論者のほとんどは自民党議員。自民一強が、民意を歪める結果となっている証だ。

憲法の本質とは 
 アンケート結果では、多くの議員が「現代の様々な問題に対応できなくなっている」と答えているが、現行憲法のどの条文が、どのような問題に対応できていないというのだろうか?おそらく、突っ込まれてまともに議論できる国会議員は少ないはずだ。

 そもそも憲法は「権力」に縛りをかける存在。見方を変えれば、主権者側が政治や行政に“やるべきこと”と“やってはいけないこと”を命じたものと言える。憲法が「現代の様々な問題に対応できなくなっている」と言うが、それは政治や行政が無能で、やるべきことをやっていないだけのこと。憲法が悪いというのは、権力者の言い訳でしかない。だが自民党の議員は憲法の本質が理解できておらず、そればかりか憲法を主権者側ではなく権力側が与えるものだとさえ思っているふしがある。

 自民党が平成24年に発表した「日本国憲法改正草案」は、政府に国民の自由を奪う権利を与える内容だ。草案にある緊急事態条項は、戦争などの緊急事態において、政府が国内のすべてをコントロールできるようにするもの。戦前の「国家総動員法」と同じ考え方に基づく危険な条項である。さらに草案では、平時の自由さえも制限する方向性を打ち出しており、基本的人権が守られる内容にはなっていない。最悪なのは、権力側に憲法擁護義務を課した99条を改変し(自民党案では102条)、「全て国民は、この憲法を尊重しなければならない」として、国民に憲法尊重義務を課している点だ。自民党が描く理想の憲法とは、国家権力ではなく国民を縛るもの。同党の改憲案を認めた瞬間、この国は戦前の息苦しい日本に戻ることになる。

押し付け憲法論
 安倍首相は、現行憲法を「GHQの押し付け」だと主張してきた。押し付け憲法論は改憲論者の拠り所でもある。新聞アンケートの回答では少数だったが、自民党議員の多くが、首相の押し付け憲法論に同調しているのは確かだろう。だが、明治憲法にしても、一般民衆からすれば「お上が決めたこと」。つまりは、押し付けられたものだ。自民党が数の力で改憲を成し遂げても、それは押し付け憲法。お上やGHQが自民党と公明党に姿を変えるだけのことなのだ。だが、現行憲法と自民党の憲法草案で、決定的に違うところがある。

 戦後、日本人は現行憲法を受け容れた。それがGHQの押し付けだと分かっていたとしても、当時の国民の多くは新しい憲法を歓迎していたはずだ。戦前、戦中を考えてみると良い。国家総動員法や治安維持法によって、人権も自由も抑圧された時代だ。新憲法がそうした状況を拒絶することを可能とし、平和を最優先に掲げたことは事実。日本は、現行憲法のおかげで奇跡の復興を果たし、先進国の仲間入りを実現した。

 一方、安倍首相が目指す憲法がもたらすのは、戦争ができる国家。集団的自衛権を正式に認め軍隊を持つという、現行憲法とは真逆の思想に立つものだ。そのためなら、基本的人権や自由を制限してはばからないというのだから、時代錯誤と言うしかない。現行憲法と自民党の憲法、どちらの憲法がまともか、考えるまでもあるまい。

 首相は、参院選で改憲発議に必要な3分の2を目指す構えだが、現在の日本にとって改憲は喫緊の課題ではない。子育て支援をはじめとする福祉の充実や経済再生を求める切実な声はあっても、憲法改正を願う熱い声など聞いたことがない。騒いでいるのは、右寄りの論客と産経・読売だけ。国民の大多数は、改憲を争点にした選挙など、望んでいないのである。

 あす3日。日本国憲法は70歳の誕生日を迎える。



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