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熊本地震で求められる「防災計画」の見直し

2016年5月12日 10:00

 5年前の東日本大震災で思い知らされたのが、学者や行政の予想を超える自然災害の怖さ。どれだけ対策を練ったつもりでも、自然の猛威は人知を軽々と超えていく。地震、津波、火山噴火――いずれも発生の可能性がゼロになることはなく、それだけに日頃の備えが重要だったはずだ。
 教訓は生かされたのか?熊本地震の発生から約1か月。復興に向けた動きが加速する中、被災地も含めた各自治体に、改めて防災対策の見直しが求められている。

熊本市の防災計画を上回った2回の震度7」
 今回の熊本地震で甚大な被害が出た熊本市。平成24年に政令指定都市となった人口約74万人の同市は、「熊本市地域防災計画」を策定しており、「風水害編」「地震・津波災害対策編」「その他災害編」の3編に分けて、ホームページ上などで公表していた。地震・津波災害対策編の冒頭、≪計画の目的≫にはこうある。

 熊本市地域防災計画は、市民の生命、身体及び財産を災害から保護するため、災害対策基本法第42条の規定に基づき、熊本市防災会議が本市の地域にかかわる災害対策について、その予防、応急対策及び復旧に用いる事項を定め、防災活動を総合的、かつ効果的に実施することにより、防災の万全を期するとともに、社会秩序の維持及び公共福祉の確保に資することを目的とする。

 この計画は、過去に発生した地震の状況及びこれに対処した諸対策を基礎に被害を想定し、地震 災害に対する予防対策、応急対策、復旧復興対策、津波災害対策、その他の災害対策の基本的な計 画を定める。

 熊本市の地震・津波災害対策は第1章から5章まで。災害予防の段階から実際の災害対応策までを、152ページにわたって細かく規定していた。一読してみたが、すぐに実行可能なものから計画倒れのものまで様々。この対策案が上手く機能しなかったことは、現状が如実に物語っていると言えよう。ただし、今回の熊本地震の大きさが「想定外」だったわけではない。

 地震・津波災害対策の中には、≪「東日本大震災」を踏まえ、県が実施した「熊本県地震・津波被害想定調 査」を受け、熊本市防災アセスメント調査を平成25年度実施した。 調査結果から、市域への影響が大きかった「布田川・日奈久断層群(中部南西部連動)」、「南海 トラフ」、「布田川・日奈久断層(北東部及び中部単独)」、「立田山断層」の4地震を対象とし、以 下に被害想定を記載する≫として、予想される地震の規模や被害の大きさが記載されている。下が断層ごとに予想される地震規模を示したページだ。

地震規模予測.png 気象庁の発表によれば、4月14日に発生した「前震」がマグニチュード6.5、16日未明の「本震」がマグニチュード7.3。それぞれ日奈久・布田川断層帯を震源とするものだった。両断層について、熊本市が予測した地震規模は最小のケースでマグニチュード7.2、最大では7.9となっており、過小評価ではない。地震動解析結果も正確だったようで、断層帯の区分ごとに、次のような地震の特徴が列記されている。

○布田川・日奈久断層帯(中部・南西部連動)断層の一部が直下にある南区の南方で、震度6強から震度7の強い揺れを示す。その他、中央区、北区、東区、西区では震度5弱から震度6弱となる。一方、沿岸部では震度3から4と比較的低い揺れとなっている。これは、沿岸部の表層地質が埋め立て等の人工改変地であり、揺れが伝わりにくいためと思われる。

○布田川・日奈久断層帯(北東部単独)断層が直下にある南区の中央区と東部、そして南区の南方で、震度6弱の強い揺れを示す。その他、北区、西区では震度5弱から震度5強程度となる。沿岸部は布田川・日奈久断層帯(中部・南西部連動)と同様に震度3から4と比較的低い揺れとなっている。

○布田川・日奈久断層帯(中部単独)布田川・日奈久断層帯(中部・南西部連動)と同様に、断層の一部が直下にある南区の南方で震度6強から7、中央区、北区、東区、西区では震度5弱から震度6弱、沿岸部では震度3から4となっている。

 地震規模の予測は実態を上回るもので、今回の熊本地震は「想定内」。被害が大きくなったのは、短期間に震度7の地震が2度襲ってきたためとされ、これが「想定外」だったということになる。

福岡市も無防備
 防災計画では、人的被害、建物被害、ライフラインへの影響など細かな被害予測が出されているが、いずれも実際の被害状況とかけ離れているというわけではない。2度も起きた震度7が大きな影響を与えたのは確かだが、不足していたのは「心構え」を含めた事前の対策、そして防災計画の周知徹底だったと言うべきだろう。

 地震発生後、多くの熊本県民や在熊本の報道記者たちに話を聞いたが、口をついて出るのは同じ言葉。「まさか熊本でこれほどの地震が発生するとは……」という感想だった。心の備えもないところに、物的な耐震策でも無防備。隙を突かれた格好であることは否めまい。

 防災計画を運用するのは人だ。日頃から自然災害に備えたシミュレーションをすることが肝要だが、行政主体の避難訓練が形骸化しているのは事実。この点については、どこの自治体でも同じことが言えるだろう。布田川・日奈久断層以上に地震発生確率が高いとされてきた警固断層の真上に位置するのが九州一の大都市福岡。同市南区で自治会長を務める男性は次のように嘆く。
「どの町内にも自主防災組織があることになっています。あるにはあるが、地震が起きて機能するかといえば、まず無理でしょう。地域のつながりが弱くなっており、自治会に協力的な住民は減る一方。小学校区ごとに実施されている防災訓練は形骸化しており、毎年同じような顔ぶれが集まっているだけです。もちろん、地域によって意識は違うのでしょうが、大半は同じような状況でしょう。防災意識が高かったのは(福岡)西方沖地震から数年間だけ。地震に対して無防備になりかけていたところに、今回の熊本地震でした。熊本の復興をお手伝いしながら、災害への備えについてしっかりと考え直さなければなりません」

 たしかに、2005年(平成17年)3月の福岡西方沖地震発生直後は、福岡市民の防災意識が高まった。ホームセンターの防災グッズ売り場には様々な防災用品がズラリと並び、市民は非常用の水や食料品を準備していたものだ。それが、熊本地震発生直後にのぞいたホームセンターでは、防災用品ほんのわずかなスペースに数えるほどの種類。ほとんど売り切れで、水のペットボトルも在庫ゼロだった。10年ひと昔というが、福岡市も無防備に近い状態になっているのではないだろうか。

 いま、自治体に求められているのは防災計画の見直し。とくに、住民への意識喚起が必要だ。計画だけ作っても、機能しなければ意味がない。自分たちの住む地域の防災計画について、確認することから始めるしかない。



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