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問われる五輪

2015年9月 3日 09:55

招致エンブレム 新国立競技場の建設計画見直しに続いて公式エンブレムの使用中止。海外に向けて発信した東京五輪のシンボルが相次いで別のものに替わるという異例の事態だ。おかげで報道は五輪絡みのゴタゴタ一色。集団的自衛権や安全保障関連法案に関する記事は、隅に追いやられた形となっている。
 競技場もエンブレムもたしかに重大な問題だが、こと五輪に関して言えば、本質的な議論が忘れられているように思えてならない。そもそも、東京五輪を招致するにあたって掲げたテーマは何だったのか――。(右は招致エンブレム。招致委HPより)

忘れられた東北の「T」
 件のエンブレムが公表された際、違和感を覚えた記憶がある。デザイン化されたのは東北の「T」ではなく東京の「T」。招致の柱となった「復興五輪」の精神が、どこにも感じられなかったからだ。新国立競技場にしても、話題にされてきたのは奇抜なデザインと膨らんだ整備費のことばかり。「復興」とは無縁の五輪狂想曲に、ウンザリしたというのが正直なところだ。

 2013年、オリンピック招致にあたって国や招致委員会が掲げたのは紛れもなく「復興五輪」。東日本大震災からの復興を遂げた姿を世界に発信するというのがその趣旨だったはずで、事実、首相や担当大臣は事あるごとに「復興五輪」を唱えてきた。だが現実には、競技場やエンブレムの問題に耳目が集まる一方で、福島をはじめ東北の現状は忘れ去られた格好となっている。

 福島第一原発の事故によって、避難生活を余儀なくされている人の数は10万人超。原発の汚染水漏れも度々報じられてきたし、放射性物質の影響で樹木に生育異常が認められたという報道もある。2~3年前なら、大きく報じられたであろうこうしたニュースが、いまは極めて小さな扱いしか受けていない。立ち止まって原点を見つめるべきだが、そうした報道は皆無。被災地をそっちのけにした五輪騒動に、かつてもてはやされた「絆」という言葉の温もりは感じられない。

変質した誘致の精神
 復興五輪の精神がなおざりになるのと同様、時が経つにつれ、招致が決定した時に日本が世界に発信した約束も次々に変容している。

 安倍首相は、招致の最終プレゼンテーションで、福島第一原発の影響について次のように明言した。

―― 私が安全を保証します。状況はコントロールされている。
 直後の各国メディアとの質疑では、汚染水漏れについて聞かれ、こうも言った。
―― 結論から申し上げればまったく問題ない。新聞のヘッドラインでなく、事実を見て下さい。汚染水の影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内に完全にブロックされています。(中略)福島の青空の下、サッカーボールを蹴っている子供たちがいる。彼らの未来に責任を持っている。

 現実はどうだろう。状況は、まったくコントロールされておらず、前述のように汚染水漏れの報道が絶えることはない。《汚染水の影響は福島第一原発の港湾内の0.3平方キロメートルの範囲内に完全にブロックされています》という言葉が真っ赤な嘘だったことは明からだ。

 《健康問題は、今までも現在も将来も問題ない》と断言したが、5月に公表された事故当時18歳以下だった子どもたちに対する甲状腺検査の最新データによれば、約44万5,000人の受診者中、甲状腺ガンだと分かった人が103人。100万人に1人と言われる子どもの甲状腺ガンが、福島では100万人あたり231人ということになる。国や県は否定するが、放射線被ばくの影響と見るのが自然だろう。首相は、五輪誘致のために世界中を騙したと言っても過言ではあるまい。

 3.11以来、「絆」という一語が被災地と全国をつないだ時期があった。西と東に温度差こそあるにせよ、細い糸でつながっていたのは事実だ。それが東京への招致成功で、オリンピックさえ開ければ何もかもが良くなるような風潮が蔓延してしまった。招致の際の首相発言は、その象徴だったとも言えよう。

 「復興五輪」を掲げての招致成功なら、先に描かれるべきは、福島をはじめとする被災地の未来像だったはず。だが、開発ラッシュは東京だけ。復興は遅々として進まず、いつのまにか招致テーマそのものが置き去りにされてしまった。「絆」はどうなってしまったのか―そう思っている人は少なくないはずだ。

 新国立やエンブレムの問題が起き、「東京オリンピックは大丈夫なのか?」と開催を危惧する声が上がっているという。新国立だけでなく、他の競技会場も変更や整備費増が相次ぐ事態。これだけドタバタが続けば心配になるのが当然だろう。だが、本当に危ないのは「3.11」を自分のこととして感じなくなったこの国全体の弛緩した空気ではないだろうか。戦後70年の節目で戦争法案を成立させるような国に、「平和の祭典」を招致する資格があるとは思えないが……。



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