平成23年5月、福岡市が設置した「こども病院移転計画調査委員会」が、最終報告書をまとめ、高島宗一郎市長に提出した。
同委員会は、市立こども病院の人工島(アイランドシティ)移転を決定したプロセスの合理性、妥当性を、公開の場で検証するために組織されたもの。最終報告書は、有識者や市民の代表らによる計7回の議論を経て出された結論だった。
長年にわたって福岡市政を揺るがし続けてきたこども病院の人工島移転問題は、この最終報告によって決着する。しかし、最終報告は病院の人工島移転を容認する一方、市の行政運営に厳しい注文を突きつけた内容となっていた。
今年になって社会問題化した認可保育所「中央保育園」(運営:社会福祉法人福岡市保育協会)の移転計画において、この最終報告書の鳴らした警鐘は生かされたのか?―改めて検証した。(写真は福岡市役所)
ピタリとはまる「中央保育園」移転問題
調査委の最終報告が出された2か月後の7月、高島市長は市内中央区にある「市立中央児童会館」と「中央保育園」の合築による再整備方針を放棄し、保育園の単独移転を決める。唐突な方針転換に合理的な説明はなく、移転計画が疑惑まみれであることは、これまで報じてきた通りである。
最終報告書の記述の中から、市に対する指摘を抜粋し、「アイランドシティ」を「移転用地」に、「こども病院」を「中央保育園」といった具合に置き換えてみた。するとこうなる(太字が置き換え部分)。
《市の仕事の進め方(ガバナンス)に課題があったとの意見が出され、。市が行ってきた意思決定のプロセスに対し、納得できない、疑念を拭い去れないという意見があることを市は重く受け止めていただきたい。この理由として、具体的には、まず、「移転用地への」移転の検証・検討を市役所内部のみで行い、この過程を真摯に市民に説明し、理解を得ようとする姿勢に欠けていたことがあげられる》。
《決定がどのように議論され、誰の責任で行われたか判然としないまま、会議資料に掲載され、組織の中で了解されているようにしか見えないということもある》。
《市として重要な意思決定を行っていく際、確固とした体制ができていたのか、チェック体制は十分だったのか、各局の連携は十分に取れていたのか、という疑念を抱かざるをえない》。
《こうした仕事の進め方が、市役所の信頼を損ない、ひいては、「移転用地ありき」であるかのような受け止め方をされる要因となっており、結果として、喫緊の課題であるはずの「中央保育園」の建替えをここまで停滞させてしまっている。市にはその事の重大性を十分に認識し、中央保育園をこれからどうするのか、という課題に取り組んでいただきたい》。
こうして見ると、中央保育園移転計画の問題点が、こども病院のケースとダブることが分かるだろう。それどころか、こども病院移転計画調査委員会が最終報告書で指摘した市の行政運営上の問題点は、何ら改善されることなく、さらに理不尽な状況を作り出している。
中央保育園移転計画の問題点
社会問題化した中央保育園の移転計画における問題点は五つだ。
1、当初、市立中央児童会館との合築による整備を予定されていた中央保育園が、唐突に単独移転させられる
ことになった。しかし、方針転換についての合理的説明はなされていない。
2、移転用地選定にあたって、はじめから候補地を一箇所だけに絞り込み、他の候補地に対する実質的な
調査は一切行われていなかった。用地選定段階における候補地の地価は捏造。「探したけれど、なかった」
とする市側の説明は虚偽。
3、風営法の趣旨を無視して土地買収が進められた結果、移転用地はラブホテル街、隣地にパチンコ店という
非常識な選択となった。
4、市の方針決定から1か月後、移転用地の所有権者が福岡市内の不動産業者に変り、結果的に不動産業者
が1億3,000万円にのぼる転売益を得ていた。不動産業者には、市の元幹部が天下っており、業者への
便宜供与が疑われている。
5、土地ありきで走ったあげく、社会問題化したとたんに在園児保護者会や市民に十分な説明をせぬまま、
強引に移転工事を開始した。
これに対し、高島市長は次のように主張している。
・ 建物の老朽化や耐震上の問題があり、建替えは喫緊の課題。
・ 認可保育園に入れずに苦しい生活をしながら毎日保育園の空き連絡を待っている保護者からは、いち早く
新しい保育園を望む声がある。待機児童解消こそ市政の優先課題。
・ 非常時の避難経路に問題があることは分かったので、前面道路に歩道を造って不安を解消する。
・ 移転用地周辺にラブホテル(市長は『大人のホテル』と表現)があるが、都心部のことなので100点満点の
土地を探す事は極めて困難。保護者の職場がある都心の天神に近い場所に保育所用地を確保することの
方が重要。
肝心なことには何も答えておらず、こども病院移転計画調査委員会が出した最終報告書の指摘は、まったく無視された形。あろうことか、保育園の移転先がラブホテル街であることに疑問を投げかけた報道に、「移転を巡って、移転場所周辺の住民が傷つくような表現が一部のメディアで使われており、残念に思いました」などと因縁を付ける始末だ。避難経路の問題にしても、5.5メートルという道幅の狭さについて、解決策を見出しきれていない。問題の矮小化を狙ったつもりだろうが、市民は冷静にことの推移を見ている。
生かされぬ教訓―問われる市長の資格
もう一度、調査委の最終報告に沿って考えてみよう。
《市の仕事の進め方(ガバナンス)に課題があったとの意見が出され、。市が行ってきた意思決定のプロセスに対し、納得できない、疑念を拭い去れないという意見があること》は、紛れもない事実だろう。
《過程を真摯に市民に説明し、理解を得ようとする姿勢》も欠けている。
《決定がどのように議論され、誰の責任で行われたか判然としないまま、会議資料に掲載され、組織の中で了解されているようにしか見えないということもある》と指摘されたことについては、何も変っていない。
《仕事の進め方が、市役所の信頼を損ない、ひいては、「移転用地ありき」であるかのような受け止め方》をされている点については、反省の色さえない。
高島宗一郎市長が、最終報告書の指摘を無視したことに疑う余地はない。こども病院人工島移転問題の教訓を生かそうとせず、市政改革を放棄したのは、報告書を受け取った市長自身なのだ。
中央保育園の移転見直しを求める在園児保護者や保育士らの訴えに賛同して署名を行った市民は1万人を超えている。これらすべてを黙殺し、待機児童解消を隠れ蓑に、一部業者の利益と自身の保身を優先したのも高島市長だ。混乱を招いた責任が問われているのは言うまでもないが、この男に市政トップとしての資格があるとは思えない。