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思想や「表現の自由」と企業のリスクヘッジ
ヘイトスピーカー社員に、企業はどう対応すべきか

2018年11月 2日 07:20

 9月の沖縄県知事選では、当選した玉城デニー氏に関するデマや沖縄差別的言辞がSNS上で氾濫したことが話題になった。公明党の遠山清彦衆院議員ら、言葉に責任を持つべき公職にある者もデマ投稿を紹介して拡散を手助けするかたちになり、「紹介しただけだ」と釈明に追い込まれている。
 暴走する憎悪と偏見は、徐々に「普通の生活」をも浸食し始めている。たとえば会社の同僚が聞くに堪えない言葉を叫んでいる動画が拡散した場合、何事もなかったように席を並べることができるだろうか。さらに企業はそういった社員とどう向き合うべきなのか。

■ヘイトスピーチvsカウンター運動
 エスカレートするヘイトスピーチに歯止めをかけようと、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」が施行されたのは2016年6月3日。「ヘイトスピーチ対策法」として知られるこの法律は、ある団体が路上でまき散らし続けた憎悪と、それに対抗するカウンター運動の高まりのなかで誕生した、特異な経緯を持つ法律だ。

 ある団体とは、「在日特権を許さない会」(以下、在特会)。会長の桜井誠氏(※)らを筆頭に、特に在日朝鮮人に対する悪質なヘイトスピーチ(憎悪・差別扇動表現)を行う「ヘイトスピーカー」を数多く抱えることで知られた団体で、「朝鮮人を殺せ」「ゴキブリ朝鮮人」「朝鮮人は出ていけ」などの危険で挑発的な発言は多くの当事者たちを傷つけ、日常生活に支障を生じさせるほどの恐怖を感じさせた。
(※ルポライターの安田浩一氏は、桜井氏の正体を追ったルポのなかで、桜井氏が北九州市出身の「髙田誠」であることを突き止めている)

 在特会が悪質なヘイトスピーチをまき散らし始めると、それに対抗する運動として「対レイシスト抵抗運動」ともいうべきカウンター活動を行う団体も複数立ち上がる。路上で両者が正面から激突する事態も複数回発生し、在日朝鮮人が多く住む新宿区新大久保などのコリアンタウンは混乱を極めることもあった。カウンター運動には参議院議員の有田芳生氏らも参加しており、有田参院議員はその経験をもとにヘイトスピーチ対策法成立に奔走したという。

 ヘイトスピーチ対策法の成立や複数の民事訴訟で敗訴したこと、さらに在特会デモへの参加者減少に危機感を募らせた桜井氏は、2017年2月に政治団体「日本第一党」を設立。同団体は「日本の国益を守り、日本人に寄り添った政策を実行する」として、移民受け入れの即時中止や原発再稼働などの5つの公約を掲げて地方議会での議席獲得を目指している。公式HPによると30都道府県に「地方本部」を置いているとしており、本部長名などを公表している。

■FC契約のオーナーが政治活動、FC本部は「対応が難しい」
 その男性の画像がTwitterで話題になったのは今年10月中旬、日本第一党の街頭宣伝に対するカウンター運動を報告するツイートがきっかけで、精神科医の香山リカ氏も「勤務先をみんなに知られてる。今日も『職場に知られていいのかよ!?』と声が飛ぶと、言い返すこともなく、目をそらしたりした向いたりしてた」などとリツイートしていた。

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中央の眼鏡の男性が伊藤雄介氏(Twitterより)

 男性は日本第一党埼玉県本部の本部長である伊藤雄介氏。同党の公式HPに実名で記載されており、ネット上には制服を着た「伊藤氏」とされる写真とともに、勤務先(正確には間違い。後述)とされるO社の名前が記載された書き込みなどもあった。

 写真の男性は本当に伊藤氏なのか、記者の電話取材に対して伊藤氏は「そういうことは党を通して聞いてください」と回答を拒否。「街頭宣伝活動などで実名と顔を公にしていることで、営業活動などに影響がないか」を尋ねると、「ノーコメントでお願いします」と、不機嫌な様子で電話を切った。

 関係者によると伊藤氏は、O社とフランチャイズ契約(FC契約)を結んだ加盟店のオーナーだという。O社の公式HPでは伊藤氏を紹介した特集もあり、伊藤氏について「慎重な性格だけど熱い心を持っている。多くを語らないけど、情熱が背中ににじみ出ている」「伊藤さんの性格を一言で言うなら『仕事熱心』ですね」などと人柄を絶賛していた。

 O社には、香山氏がリツイートした前後から伊藤氏の街頭宣伝活動に関する抗議電話などが相次ぎ、10月19日までには伊藤氏が日本第一党の幹部であるという情報をつかんでいた。担当者はすでに伊藤氏に面談して事実確認を終えており、本人から「自分は日本第一党埼玉県本部の本部長である」旨の申告を得て、11月中には伊藤氏とのFC契約についてなんらかの判断が決定される予定だ。社内では「デリケートな案件なので対応が難しい」などの声もあがっているという。

■弁護士に聞く、ヘイトスピーカーの処遇問題
 欧米などは、日本と比較すると会社側事情で解雇しやすいという環境にあるため、たとえば「人種差別的なツイートが判明して解雇された」などの報告も複数ある。仮に日本で、悪質なヘイトスピーカーが自社の従業員であることがわかった場合、企業はどのような対応をとりうるのか。

 労働問題に詳しい弁護士によると、「事案の類型としては、私生活上の行為を理由に解雇できるか、または、契約を解除できるかということになる」としたうえで、ヘイトスピーカーの立場を「労働者」と「FC契約の場合」に分けて、次のように解説する。

【労働者の場合】
 多くの企業で懲戒処分となる事項として『不名誉な行為をして会社の体面を汚したとき』という条項が就業規則にある。労働者がヘイトスピーチを行う団体に所属し、その幹部であるという場合、形式的にはこの条項に該当する。しかし、労働者を懲戒解雇する場合、労働契約法15条により厳格な規制があるため、単に所属しているという事実だけでなく、①実際にその者が執拗にヘイトスピーチを行っており、かつ、②会社の労働者であることを自ら明らかにした場合、に限定される可能性が高い。

【フランチャイズの場合】
 フランチャイズ契約(FC契約)の解除は、当該契約の解除条項に該当する出来事が必要で、さらに、その程度がFC契約を継続するような信頼関係を破壊するものであることが必要。ただし、FC契約には労働契約法15条のような厳格な規制がない。したがって、ヘイトスピーチを行う団体に所属し、その幹部であること自体がフランチャイズ運営に重大な影響を与えて業務ができない場合、十分に解除ができると考えられる。

 社員がどのような思想や政治的背景を持っていたとしても、そのことをもって処分を受けたり解雇されたりすることは当然許されない。これはもちろん大原則だ。ただし、SNSなどで簡単に個人情報が特定される現在、「朝鮮人を殺せ!」などと叫んでいる人物が社員であることが拡散すれば、企業イメージは大きく傷つくとともに、苦情の電話やメールなどが殺到(炎上)して業務に影響を与える可能性も十分考えられる。そもそも、「ゴキブリ朝鮮人は日本から出ていけ!」などと叫ぶ人間と一緒に働きたいと思う社員はほとんどいないだろうし、当事者である在日朝鮮人や外国人が在籍している場合はなおさら、企業が対応を迫られることは目に見えている。

 社内に確信犯的レイシストがいることを許してもいいのか――「大拡散時代」における企業の対応として、なにか問題が起こった時に備えるのではなく、積極的に反差別をアピールすることで企業防衛を図るという手段も有効だ。社内研修などで人権問題や歴史を深く学ぶための機会を提供する、あるいは企業として「あらゆる差別やヘイトスピーチを許さない」などの明確なメッセージを積極的にアピールしてレイシストに居心地の悪い環境を作り出すなど。日本では「人権問題にはできるだけ関わりたくない」と及び腰の企業が多いが、普段からこういったメッセージを発信することは、いざ問題が起きた時のダメージを軽減することにもつながる。純粋にビジネスとして考えてもローリスク(ローコスト)、ハイリターン、悪い選択ではない。

 じつは、こうした積極戦略は国境を越えてビジネスを展開する際にも有効で、「人権問題や環境問題に積極的な企業」というイメージで得られるメリットは計り知れないという。興味深いのは、サッカー界の取り組みだ。主にFIFA(国際サッカー連盟)が主催する国際試合などでは、「Say No to Racism(人種差別にNOと言おう!)」と書かれた横断幕が掲げられるのが恒例になっている。2006年のドイツワールドカップから始まったこの取り組みのねらいは、サッカー界においても横行する人種差別の解消を目指したものだが、背景には「サッカーはすべての人類のものだが、特に子どもたちのものだ」という確固とした哲学がある。今年開かれたロシアワールドカップでは取り組みをさらに進化させ、客席の人種差別的・排外的横断幕を監視するシステムまで導入していたという。

 資金を投入してまで、サッカー界はあらゆる差別を許さないと宣言することに、どんな効果があるのか。まず、親たちが安心して子どもたちにサッカーをさせることができるようになるだろう。その結果、人生をサッカーに賭けると決意する子どもたちも増える。さらにその結果として競技人口のすそ野が広がれば、次世代のメッシやロナウドが誕生する確率を高め、商業的には観客動員(=利益増)となる。結局、良いこと尽くめなのだ。

 こうした取り組みを、「人はしょせん差別する生き物。きれいごとだ」と冷笑する者がいるかもしれない。記者は決してきれいごとだとは思わないが、差別のない世界がもし実現不可能なきれいごとやタテマエだとすれば、それらをすべて取り去った世界がどれだけ殺伐としているかは、ちょっと想像力を働かせてみるだけでわかる。初対面の人にあいさつがわりにこう聞かれたら、どんな気持ちがするだろうか。
「ところであんた、まさか朝鮮人じゃないよね?」



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