教育現場の運営を担う「学校法人」と、教育行政を司る「文部科学省」が、崩壊現象を起こしている。森友、加計、東京医科大――。いずれも権力を利用して、自らの利益を得ようとした学校法人だ。日本大学は、内部の歪んだ権力構造で、最高学府への信頼を失っている。
一方、学校法人を指導・監督する立場にある文科省は、幹部職員が次々に逮捕されたり懲戒処分になるなど、犯罪者の巣窟状態。国の未来に暗い影が差す現状だ。一体何が起きているのか?
■政治権力と結びついた森友、加計
森友学園が設立を狙ったのは、教育勅語を軸に据えた右翼養成小学校。開学に必要な国の土地を取得するために、総理大臣とその夫人の影響力を利用したというのだから、スタート前から「教育機関」を名乗る資格はなかった。
言うまでもなく、教育は政治に対し一定の距離を置くことが求められる。教育基本法には、《法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない》と規定されている。
天皇絶対の思想を植え付けるために利用された教育勅語が戦後の日本で否定されたのは、権力側の教育利用を排除するためだった。衆議院は「教育勅語等排除に関する決議」を、参議院は「教育勅語等の失効確認に関する決議」を決議し、教育勅語と決別している。
幼稚園児に、「安倍首相 がんばれ」と叫ばせる学校法人がまともであるはずがないのに、大阪府や国は、森友学園が設立を目指した小学校を認め、格安の土地まで提供した。教育基本法を無視した結果は、周知の通り。国政を歪めた首相夫人は愚かというしかないが、政治に頼って学校を作ろうとした森友学園の元理事長は、しょせんただのエセ教育者でしかない。
加計学園も、獣医学部新設に総理の権力を利用した。誰が、どう否定しても、学園側の意図を総理が知らなかったという釈明には信憑性がなく、総理官邸での関係者との面会など元総理秘書官の動きは、便宜供与を疑わせるに十分なものだったことが明らかになっている。不正な道筋を通って出来た大学に、最高学府の称号を与えるのは間違いだろう。
■理事長が腐らせた日大
腐りきった学校法人内部の姿を露呈させたのが日大大学である。アメリカンフットボール部員による反則タックルに端を発した同大大の歪んだ学内構造には、OBも唖然。これだけ世間を騒がせておきながら、大学トップの田中英寿理事長はいまだに会見さえ開いていない。来年、創立130周年を迎える日大の教育理念は「自主創造」だが、これが一番実践できていないのが、権力の座にしがみつき、逃げ回るばかりの田中理事長であることは疑う余地がない。田中氏がやってきたのは「利の創造」なのである。
■存続が危ぶまれる東京医科大
日大以上に腐りきっていたのが東京医科大学だ。文科省の官僚に不正を持ち掛け、その見返りに官僚の子供を不正入学させていた。不正入学させるために20点下駄を履かせていたとされるが、情実で入学した学生は、他にも多数いたという。
一方で、女子受験生の入学率を下げるため、一律減点していたというのだから呆れるしかない。ばかな学生をせっせと増やし、優秀な受験生の将来を閉ざした同学に、もはや教育機関の資格はあるまい。遡って受験料を全額返金した上で、過去の不正入学者まで洗い出し、医師免許を得た者にはそれを返上させるべきだろう。ここまで腐ってしまえば、大学として存続が許されるのかどうかさえ疑問だ。
■規範意識をなくした文科省
絶望的なのは、学校法人を指導・監督する文科省が、学校法人以上に汚れ切ってしまったことだ。7月4日に受託収賄の疑いで東京地検特捜部に逮捕されたのは、同省の科学技術・学術制作局長。東京医科大を、文科省の私立大学支援事業に選定させることの見返りに、自分の息子を同医科大に「裏口入学」させていた。医学部人気が高止まりするなか、金銭ではなく職務上の権限を取引材料にしたことはまさに「前代未聞」だ。
さらに同月26日には、同省前国際統括官が収賄容疑で逮捕された。宇宙航空研究開発機構(JAXA)に出向中の2016年、医療コンサルタント業者の依頼で宇宙飛行士を講師として派遣する際に謝礼を受け取り、金額にして約140万円相当の接待などを受けていたとされる。人気の高い宇宙飛行士の講演について、謝礼や接待を受けて優先的に取り扱ったというから、もはや倫理観はブローカー並みに落ちるところまで落ちた。
30日には、40代の同省職員が懲戒免職された。京都教育大学に出向中の2015年10月ごろから、学生保護者の教育後援会費約770万円を横領した疑いだという。朝日新聞などによると、同職員は横領した後援会費を「ゲームなどの課金」の支払いに充てたという。
たった1カ月の間に局長級が2人も逮捕される「異常」事態。学校法人の乱れ方と合わせ、日本の教育が崩壊現象を起こしているのは確かだ。原因はどこにあるのか?
■安倍政治の弊害
安倍政権が民主主義の原理・原則を無視した政権運営を進めるなか、この国から規範意識がなくなった。軸を失った戦後教育の弊害が噴き出たことも、一因だろう。明治維新以後、日本が唯一世界に誇れたのは、「名を惜しむ」――つまり“武士道”の精神だったが、一強政治が続くなか、「恥を知る」政治家も官僚もいなくなった。安倍政権は、平気で教育や報道に圧力をかけ、国の本来あるべき姿を歪めてきたのだ。その象徴が、森友と加計の両学校法人を巡る疑惑だった。教育崩壊は、起こるべくして起きた。責任は、もちろん私たち有権者にも、ある。