健康情報を扱ったテレビ番組を見ていて唖然となった。長い間、インフルエンザの予防には「うがい、手洗い」が有効だとばかり信じ込んでいたが、“うがい”には効果がないのだという。事実なら、子供たちに「インフルエンザが流行っている。家に帰ってきたら、まずうがいと手洗いをやりなさい」とうるさく言い続けてきたことも、効果を信じて真面目にうがいをしてきた子供らの努力も、無駄だったということになる。
しかし、インフルエンザの流行を知らせる報道では、「(役所が)手洗い、うがいの励行を呼びかけています」と伝えてきたはずだ。「うがいに効果なし」は本当かどうか分からない。念のため調べてみると……。(右の画像は福岡県のHPより)
■自治体のホームページから消えるインフルエンザ予防の“うがい”
「うがいに効果なし」と言われても、にわかには信じ難い。「うがい、手洗い、マスク」に何十年もお付き合いしてきて、半ば信仰に近いものになっている。それに、テレビ番組の健康情報には、たまに間違いもある。こうした時には、役所のお達しを確認するのが一番だ。たいていの自治体が、ホームページ上でインフルエンザの流行に注意喚起を促すお知らせを出しており、予防策も記されている。まず、今年に入ってインフルエンザが大流行している九州各県のホームページをのぞいてみた。きっと、「うがい、手洗い」の励行を勧めている自治体があるはずだ。片っ端から調べてみた。
福岡、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島――九州7県のホームページにはインフルエンザ流行の警報や注意喚起のお知らせはあるが、予防法に「うがい」と記しているところは1県もない。政令市の福岡市、北九州市、熊本市のホームページも同じ。いずれの自治体のサイトでも、外出後の手洗い、ワクチンの接種、定期的な換気、「咳エチケット」の徹底などを呼びかけているが「うがい」はない。
ほかの都道府県まで調べてみると、インフルエンザの予防対策として「うがい」を明記しているのは、宮城県、福井県、和歌山県(感染症情報センター)、滋賀県、徳島県だけ。47都道府県中、1都、2府、39県の自治体が予防策からうがいを省いていた。
*インフルエンザ予防策として「うがい」を入れている宮城県のHP
厚生労働省がホームページ上上で公開している「インフルエンザQ&A」からも、数年前までインフルエンザ予防策として記載されていた「うがい」は外されている。同省がインフルエンザの予防策として推奨しているのは、流行前のワクチン接種、外出後の手洗い、適度な湿度の保持、十分な休養とバランスのとれた栄養摂取、人混みや繁華街への外出を控えるなどの方法。感染者には、自分以外の人に飛沫感染させないためのマスクの着用など「咳エチケット」を呼びかけている。「うがい」の「う」の字さえ出てこない。
なぜインフルエンザ予防から「うがい」が消えつつあるのか?首相官邸の公式サイトにあるインフルエンザ対策のウェブページに、「うがい」が予防策から外された理由が分かる一文があった。下の画面、赤い矢印とアンダーラインで示した部分である。
『うがいは、一般的な風邪などを予防する効果があるといわれていますが、インフルエンザを予防する効果については科学的に証明されていません』――。これが“政府見解”ということで、埼玉県のウエブサイトにも同じ一文が掲載されていた。科学的な証明がない、ということは「効果があるのかどうか分からない」「検証データがない」とイコール。ことインフルエンザの予防に限っていえば、効果が立証されていない方法は、勧められないということのようだ。
■医師は明快に「効果ない」
医療現場の医師たちはどう考えているのか――。複数の医師に話を聞いたところ、答えはみな同じ。「うがいは、インフルエンザの予防にはならないよ」だった。インフルエンザウイルスを吸入し、のどの粘膜や気管支の細胞に付着した場合、細胞の中へ侵入するのに要する時間は数分間。いつ感染したか分からないため、家に帰ってうがいをしても、その時にはすでにウイルスが細胞内に侵入しているのだという。時間が経った“帰宅後のうがい”には意味がない。もちろん、数分おきにうがいすることも不可能だ。
ある医師は「うがいより手洗い。飛散したウイルスに触れるのは手。こまめな手洗いが一番効果がある。あと、自分の手で鼻や口に触れないこと」。別の医師は「うがいするより、手元にペットボトルなどを常備して、何度も水分補給する方が予防になる。飲んじゃえば、胃の強力な酸がウイルスを殺すでしょ。その際、水やジュースよりウイルスや菌をやっつけるカテキンの効用が認められる緑茶がいい」と教えてくれた。なるほど、これには説得力がある。
■「うがいに効果なし」がアナウンスされない理由とは……
政府も「うがいに効果なし」を認めているようなもの。医師は明快に「うがいに効果なし」と言う。しかし、宮城県など前出の5県同様、地方都市や各地の保健所のホームページなどには、インフルエンザの予防策として「手洗い、うがいの励行」を挙げているケースが少なくない。教育現場では、子供たちに「手洗い、うがいの励行」を指導する学校が多いという。知り合いの教員に聞いてみたところ、「インフルエンザの予防で生徒たちに話しているのは『うがい、手洗いの励行』、あとはマスクの着用と、早い時期に予防接種を受けなさいということぐらいでしょうか」という答え。国が方針転換しても、行政機関の末端にまで「うがいに効果なし」が伝わっていないということだ。なぜこの新常識はアナウンスされていないのだろう。
ある医療関係者は、こう解説する。
「インフルエンザの予防策としてうがいに効果がないということは、ずいぶん以前から指摘されてきたこと。効果があったことを示す検証データが出てこない以上、国としてうがいを奨励することはできません。国や自治体の公式サイトからインフルエンザ予防策としてのうがいが消えたのは昨年あたりから。テレビ番組で紹介された事例がいくつかあるが、マスコミはきちんと報道していません。おそらく、インフルエンザ予防にうがいの効果を信じている国民の方が多いんじゃないでしょうか。多額の広告費を出す製薬会社はマスコミのお得意様。まさかとは思うが、“うがいに効果なし”が知れ渡れば、うがい薬の売れ行きが落ちることは確実なので、マスコミが製薬会社に忖度してるのかと、疑いたくもなる」
たしかに、マスコミがインフルエンザ予防に“うがい”の効果がないということを大きく報じたことはない。大広告主である製薬会社への遠慮から、報道を控えているとの見立ても成り立つ。製薬業界から献金を受けている政治家が多いことも気になる。だが、本当にインフルエンザの予防にうがいの効果がないのだとすれば、国はこれまでの広報の誤りを認め、より効果のある方法――例えば、こまめに水分補給する――を周知すべきであろう。神話の根拠は、すでに否定されている。