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「そして父になる」盗作騒動のウラ側

2013年10月25日 06:15

!cid_ii_141e4c160ab57b9b.jpg 少し前に話題となった、歌手・土屋アンナと舞台監督・甲斐智陽の両氏による裁判。ある著作を原作とした舞台の降板をめぐり、甲斐氏が原作者の了解を得たかどうかという点において、両者に見解の相違が生じ、トラブルに発展した。
 じつは、第66回カンヌ映画祭審査員特別賞を受賞し、9月28日に公開された福山雅治主演の『そして父になる』も、これと似たような火種がくすぶっているという。HUNTERが、関係者に取材した。

脚本はオリジナルか
 2つの家族間で、病院側のミスにより子どもが取り違えられ、血のつながりをとるか、6年間育ててきた絆をとるかという葛藤の狭間で、福山演じる主人公・野々宮良多が苦悩する。そのなかで、本当の「父親」とは、そして本当の「親子」とは何か、ということを考え抜く過程で、父としての生き様に変化がおとずれていく―というのが大まかなストーリーだ。

 10月10日に発売された『女性セブン』で、この映画をめぐり重大トラブルが生じているというスクープ記事が出た。それによれば、是枝裕和監督(脚本・編集も担当)はあくまで自分の体験をもとにしたオリジナル脚本としているのに対し、原作となった著書があり、しかも原作者を含めた関係者にきちんと了解を得ないまま映画化されてしまったという。これが報じられるやいなや、一部の視聴者が「パクリ(盗作)ではないか」と評する騒動が持ち上がった。

 原作にあたると言われているのは、ノンフィクションライターの奥野修司氏が17年間の取材に基づいて執筆した『ねじれた絆-赤ちゃん取り違え事件の十七年』(文春文庫)。『女性セブン』の記事では、原作者の了解を得ていない点に加え「類似点を挙げたらきりがない」点を問題視している。

 そこでさっそく映画と著書を、映画のオリジナル部分と著書との類似点という観点から見比べてみた。

【映画のオリジナル部分】
・時代設定はごく最近(著書は昭和40年代のベビーブーム時代)
・子どもは男の子(著書は女の子)
・子どもは自分が取り違えられた事実は最後まで知らされない(著書は知らされる)
・父性の新たな目覚めを描く(著書は子どもの苦悩が描かれている)

 おおむねこんなところだろう。続いて、著書との類似点について見てみよう。

【著書との類似点】
・子どもが取り違えられたというストーリーの筋書
・最初の解決策として家族同士が一緒に食事をする
・病院側と裁判沙汰になる
・片方の親が「2人とも引き取りたい」と提案する

 などはまだ分かりやすいが、もう少し突っ込んでみよう。

・「子どもの交換」を迫られる。そして病院側は最初から弁護士を同席させている
・子どもの交換を迫られたとき「犬や猫じゃあるまいし」という表現が用いられる
・子どもの血液型が違った、また親に見た目が似ていないのを周囲から「妻の浮気じゃないか」と評される
・片方の子どものしつけが悪く、箸の持ち方を指導する
・交換後、片方の子どもが、嫌気がさして元の家族のもとに戻る
・裁判で片方の親が「賠償金」を焦点にする

 「神は細部に宿る」というが、『そして父になる』において『ねじれた絆』で記された細かな表現がそのまま用いられているように見える。この点、“引用”とも呼べる部分が細部で目立つのは確かだ。

問題は“紳士協定”の行き違い
 『そして父になる』の制作会社フジテレビと、『ねじれた絆』の出版元である文藝春秋との間に、いったい何があったのか。この件について原作者の奥野氏は「私の口からは答えられない。文春の担当者に聞いてほしい」とコメントを控えた。そこで文春側の担当者に取材を申し込んだところ、「『女性セブン』の記事は、私が真摯に取材に応えたにもかかわらず、映画製作者側と奥野修司さん及び弊社との間にあたかも対立関係があるように書かれていてきわめて不愉快です」というコメント。さらに、その真意について聞いてみた。

 「フジテレビ側からは、今年2月14日に『ねじれた絆』を『参考文献』として表記したいと話がありました。そこで3日後の17日に脚本を見せていただきました」(文春担当者)という。映画は昨年3月25日にクランクインし、5月6日にクランクアップしているから、文春への依頼までかなり時間が空いている。「本当は撮影前に話をしておいていただけていれば、今回のような話にはならなかったと思います。その点は残念です。ただ、脚本を見せていただいた時点で、設定に関して『ねじれた絆』を大いに参考にされているが、『原作』というにはあたらないと考え、『参考文献』のクレジットを了承しました」、と文春側の担当者は言う。

 つまり、この作品に関しては2月時点で、あくまで『ねじれた絆』が原作ではなく、是枝監督の脚本がオリジナルであると事実上認めていることになる。さらに、映画は書籍化もされているが、それには『ねじれた絆』が参考文献として記されていないのも、文春側は出版前に認知していたという。

 文春側には、映画の内容よりも大事だとするものがある。それは「映画製作側と約束を交わしたこと」であり、「その約束をどこまで果たしてもらえるか」ということだった。これは“紳士協定”だそうで、つまり文春側は映画の内容について関知しない代わりに、“『ねじれた絆』を参考文献として公の場でどれだけアピールし、1人でも多くの人に知ってもらうよう協力してもらえるか=紳士協定”に注目していたのだ。しかし、是枝監督の種々のインタビューやカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した際も、期待していたほど著書のことが語られず、それがめぐりめぐって今回の『女性セブン』の記事になったようだ。

 要するに、これは「パクリ(盗作)」が本質的な問題というより、むしろお互いが利益を生むビジネス上の“紳士協定”に、両者間のギャップがかなりあったことが真相ということになる。それは単純な対立構図では語れない問題だ。

 ジャーナリストの奥野氏が17年かけて執筆した『ねじれた絆』。それを参考に映画化し、世界から評価を受けた『そして父になる』。そのウラにある利潤の追求。今後については両者間で協議中とも伝えられるが、いずれにせよ、世に出る著作物(とくにノンフィクション系)はこうした問題と常に隣合わせだということを改めて考えさせられる。

 



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