東日本大震災による天井崩落で2名の死者を出した「九段会館」(東京都千代田区)の事故が、九段会館側はもちろん、国や東京都による耐震対策の甘さに起因するものだった可能性が浮上した。
3月11日午後、地震発生により同会館1階の大ホールの天井が崩落。当時会場で卒業式を行なっていた都内の専門学校関係者2名が死亡し、20人以上のけが人を出す惨事となった。
事故に関するこれまでの取材で、同会館を運営する「日本遺族会」が耐震対策を怠ってきたことや、都道府県へ大規模施設における耐震対策の調査・指導をを求めた国の方針決定過程の杜撰さが判明。耐震補強を求めるべき施設の空間面積を500㎡以上とした根拠を示す公文書も存在しないことがわかった。
耐震についての指導が適切に行なわれていれば防げた事故だった可能性が高く、国や東京都の責任が改めて問われる事態だ。
九段会館
九段会館は衆院議員・古賀誠氏が会長を務める「財団法人 日本遺族会」が運営。約1100人を収容する大ホールを備えているほか、結婚式や会議、宿泊もできる施設だが、事故後、営業を終了している。
戦前は「軍人会館」と呼ばれ、2.26事件の時に戒厳司令部が置かれたことでも知られる歴史的建築物だった。古い建造物だけに耐震性に問題があることも予測されたはずで、特に天井の耐震性をめぐっては、自治体に対し度々国が安全性を求める通知を出していながら、九段会館についてはなぜか置き去りにされていた。
これまでの国の対応
大規模施設の天井をめぐっては、これまで数回にわたり国土交通省住宅局建築指導課が全国の都道府県などにガイドラインや改善策を示してきた。
平成13年3月24日に発生した芸予地震では、体育館等の大空間建築物において天井が落下、同年6月に天井の落下防止策を記した「芸予地震被害調査報告の送付について(技術的助言)」を都道府県などに通知。
平成15年9月26日に発生した十勝沖地震では、空港ターミナルビル等の天井が崩落するなどの被害が発生。同年10月に「大規模空間を持つ建築物の天井の崩落対策について(技術的助言)」とする通知を行なっていた。
平成17年8月16日には宮城県沖地震で宮城県仙台市のスポーツ施設にあったプールの天井が落下。多数の負傷者を出したため、地震発生から3日後に、500㎡以上の空間面積を有する体育館、屋内プール、劇場、ホール、空港などのターミナル、展示場等の「つり天井」について、調査と改善指導を求める「大規模空間を持つ建築物の天井の崩落対策について」とする通知を出し、対策を強化する姿勢だけは示していた。
この時点で九段会館を調査・指導の対象としていれば、今回の事故は防げたことになる。
会館を対象から除外した東京都
ところが東京都は、九段会館大ホールを500㎡以上の空間面積がなかったとして調査や改善指導の対象から除外。結果的には、この判断が日本遺族会に耐震補強を怠らせ、天井崩落にともなう死亡者を出す事故につながったと見られる。
問題は、「500㎡以上の空間面積」とした調査対象の基準である。九段会館大ホールの空間面積は本当に500㎡以下だったのか?
国土交通省住宅局建築指導課に取材したところ、「東京都からは(九段会館大ホールの空間面積は)500㎡以下とのの報告を受けた」という。
次に東京都の担当課に、九段会館を調査対象から外した根拠について確認したところ、九段会館側が提出した"図面"で大ホールの空間面積が「500㎡以下」であることを確認したと明言した。
空間面積だけに固執し、現場も確認せずに同会館を調査対象から外したということだ。同会館が老朽施設であるということも、あえて見落としたことになる。
役所仕事とはいえ、現実を無視した「形だけの調査」にはあきれるばかりだ。
「500㎡」という数字に疑問を持たなかったのか、と聞いたところ「それは国交省には聞いて下さいよ」。無責任な対応に強く抗議したとたん「国交省には(なぜ500㎡以上なのか)何も聞かなかった」として、積極的に耐震調査の範囲を広げる意思がなかったことを事実上認めた。
あいまいな「500㎡」の根拠
そもそも調査・指導対象となる空間面積を「500㎡以上」とした基準はどのように決められたのかだろう。この点について国土交通省住宅局建築指導課は、当初「なぜ500㎡になったのかはわからない」としたうえで、根拠を示す公文書が不存在であることを示唆していた。
しかし、31日になって再確認したところ、宮城県沖地震で起きたプール事故を参考にした数字だったと一転。25mプールが入る面積400㎡にプールサイドの面積を加えた規模を想定したのだという。もちろんこれを裏付ける公文書が見つかったわけではなく、省内の話を聞いてのことだとしている。杜撰な方針決定過程は、役所仕事の典型だ。
被害施設の規模だけにとらわれ、本来の指導対象である「天井の安全性が特に求められる不特定多数の者が利用する大規模空間を持つ建築物の天井」(平成15年の国土交通省建築指導課通知)が忘れ去られた結果でもある。
国土交通省建築指導課は、調査を行なうにあたっては「一定の線引き」が必要だったとしているが、空間面積で対象を限定しては耐震安全性の追求などおぼつかない。面積は小さくとも人が数多く集まる場所はいくらでもあるからだ。
とくに九段会館は、歴史や収容人数などから見て、耐震補強が必要とされる上位ランクの建造物だったはずなのだ。
九段会館のケースは、地震被害が発生するたびに、場当たり的な対策を講じてきた国と、おざなりの対応に終始してきた東京都の責任を浮き彫りにしている。
宮城県沖地震が発生した平成17年だけでなく、同13年、同15年にも天井の耐震対策を求められる状況が存在した。にもかかわらず事故が起こったのは、国や東京都の甘い対応が日本遺族会に免罪符を与えたからにほかならない。
耐震無視した「九段会館」
それでは、九段会館を運営してきた「財団法人日本遺族会」側の事情はどうだったのか。31日、遺族会に話を聞いた。
取材に応えた遺族会の担当者は、大ホールの床面積は1,583㎡としながら、空間面積については「警察に管理されており、答えられない」という。
基本的な情報さえ隠そうとする姿勢は、事故を起こした事業者としての自覚のなさ、無責任体質を如実にあらわしている。
東京都に提出していたとされる"図面"についても「聞いたことがない」と首をひねるありさまだ。
さらに、天井の補強工事など耐震対策については昭和32年に九段会館の運営を始めてから「記憶にない」のだという。
九段会館は何度もあった耐震対策の機会をことごとく無視してきたことになる。
本来、大規模施設の事業者としては、行政の指導を受ける前に施設の安全対策を講じておきべきで、運営開始以来耐震補強工事の記憶がないなどと平気で言い出す団体には、事業者の資格がなかったということだ。
ちなみに、「建築基準法施行令」は、《屋根ふき材、内装材、外装材、帳壁その他これらに類する建築物の部分及び広告塔、装飾塔その他建築物の屋外に取り付けるものは、風圧並びに地震その他の震動及び衝撃によつて脱落しないようにしなければならない》と規定している。
日本遺族会、国、東京都、それぞれがこの規定通りに動いていれば事故は防げたはずだ。
天井崩落事故で亡くなった2名の遺族と被害者らは、天井崩落防止義務を怠ったとして、九段会館を運営してきた日本遺族会の会長である古賀誠衆院議員と会館責任者(総支配人)を業務上過失致死傷罪で警視庁に告訴している。
今回の事故については、対策を怠った日本遺族会はもちろん、地震への甘い対応を続けてきた国や東京都にも責任の一端があることは明らかだ。