成績向上につながる見通しもなく、県立高校の新入生全員にパソコン購入を義務付けた佐賀県。全体の2割にのぼる生徒の家庭に、5万円の「借金」をさせてまで進められる「先進的ICT利活用教育推進事業」の裏には、業者との癒着が疑われるような業務委託契約の存在があった。
パソコン納入を一手に請け負った学映システム(佐賀市)への業務委託は、出来レースとしか言いようのない経過を経たもの。一方、ベネッセコーポレーション(東京都)への2億円業務委託も、同じように仕組まれたものだった可能性が高い。
もたれ合いの構図
通信教育大手のベネッセコーポレーションに委託されたのは「先進的ICT利活用教育推進事業にかかるモデル指導資料作成等サポート業務」。規約金額は2億952万円で、パソコンを使った授業を進めるにあたっての指導計画や指導案の作成、さらに、36校ある県立高校ごとに「ICTサポーター」を配置し、教員の指導・支援にあたるという仕事だった。総合評価方式による一般競争入札で落札者を決めていたが、佐賀県教委が開示した資料に基づき、その経過をまとめた。
・平成26年2月3日:入札審査委員会設置を決済
・2月6日:第1回審査会
・2月28日:県教委が(株)ラーンズ、(株)ベネッセコーポレーション、東京書籍(株)に参考見積りを依頼
・3月6日:見積書提出(東京書籍2億1,556万8,000円 べネッセ2億1,600万円)
・3月7日:参考見積書の提出〆切。入札公告
・3月13日:参加確認申請及び質問受付〆切
・3月17日:質問書回答
・3月20日:提案書提出期限。ベネッセコーポレーションが1者応札
・3月24日:第2回審査会(予定価格2億1,578万4,000円)。業者決定⇒「ベネッセコーポレーション」契約金額2億952万円)落札率97%
学映システムが受託した「佐賀県学習用PC等管理・運用業務」(契約金額:8,726万4,000円)と違い、WTO政府調達の適用案件ではなかったため、公告から入札までの期間設定などは県教委の自由裁量だったようだ。2月28日に参考見積書の提出を求め、その〆切日をわずか1週間後の3月7日に設定。「入札公告」もこの日に設定されていた。これでは提出された見積書が形だけのものだった可能性が拭えない。また、PC等管理・運用業務の場合のように、事前公告等で予算額が明示されたという記録もない。簡単に出せる見積りとは思えないが、依頼された側のベネッセと東京書籍は、なぜか期限より1日早い3月6日に、そろって「見積書」を提出していた。偶然なのかもしれないが、両社が話し合った結果ともとれる。
HUNTERが最も注目したのは、県教委が予定価格の参考にするため、見積りを依頼した3社の顔ぶれ。とくにラーンズ(岡山市)とベネッセコーポレーションの関係だ。ラーンズは、教科教材・生徒手帳・テキストを制作・販売している会社だが、ベネッセコーポレーションのグループ企業なのである。会社の住所も岡山市北区にあるベネッセの本社と同一。つまり佐賀県は、ベネッセとラーンズの関係を承知の上で、双方に見積り依頼を行っていたのである。結果、見積書を提出したのはベネッセと東京書籍だけで、ラーンズは辞退したことが予定価格算出基礎の決済文書に記されている。下がその文書だ。
不可解なのは、その一日前に提出されたベネッセの見積書に、下の文書が添付されていたことである。
ベネッセが提出した見積り書は、ラーンズとの共同提案だったというのである。つまり佐賀県側は、ベネッセの見積書がラーンズとの共同提案であることを知りながら、決裁文書にはラーンズを「辞退」としていたのである。
ベネッセが見積書を共同提案の形にしたのは、後の実務にラーンズを下請けとして入れるためだった可能性が高い。その証拠が下。
契約では事前承諾がなければ「再委託」ができないと定めているが、ベネッセは契約書を交わした4月2日に、佐賀県に対し再委託の承諾を申請していたのである。再委託先はラーンズ。再委託金額は1,494万5,472円。佐賀県側は同日付で承諾書を出しており、事前に話しがついていたことを示している。
入札までの日程、事前見積りの状況、そして一者応札……。状況証拠は、受託業者がベネッセに決まっていたことを示すものばかりである。つまりは出来レース。佐賀県立高のパソコン授業をめぐる動きは、いずれも業者と県にもたれ合いの構図があったことを物語っており、適正な事業とは言い難い状況だ。業者の利益が優先された格好であり、そこに主役であるはずの生徒の姿は一向に見えてこない。
ベネッセ情報漏えいに甘い対応
ちなみに、ベネッセコーポレーションは昨年7月、2,000万件以上ともいわれる顧客の個人情報漏えいを引き起こし、信用失墜を招いている。そのベネッセが、佐賀県に提出していた個人情報等の管理体制を報告する文書が下。急いで書かれたらしく、この文書だけが手書きだった。
ここに記されたベネッセの個人情報管理体制が、もろくも崩れ去っていたことは周知の通りだ。念のため、県立高校の生徒たちの個人情報は漏れていないのかと佐賀県教委に確認したところ、「情報漏えいはなかったと、あちら(ベネッセ)と言ってますが」と心もとない回答。口頭で確認しただけ、ということだ。生徒のことを真剣に考えているとは思えない対応だった。
パソコン授業の実態は?
生徒のパソコン購入を事実上強要したうえに、癒着が疑われるような不明朗な業務委託契約。古川康前知事の下、進められた「先進的ICT利活用教育推進事業」は、走り出したら止まらない役所仕事の典型でもある。来年度も、再来年度も、事業は継続されるはずだ。それでは、肝心のパソコンは、どの程度授業の役に立っているのか?――。高校の教室で起きている現実について、来週の配信記事で詳細を報じる。